シーン 8
鍛冶屋を出て次は雑貨店を探した。
銃を収納するガンホルダーの代わりを探している。
今は銃をジャージのポケットに入れているため見栄えが悪く取り扱いも便利とは言い難い。
出来れば西部劇のガンマンのように腰にぶら下げる形がいいだ理想的だ。
希望通りの品物が見つからなければオーダーメイドという手もある。
腰にぶら下げられなければ腰骨の辺りに取り付けるタイプでも構わない。
マインゴーシュが腰の右側に装備されているので、動作を円滑にするならどちらかと言えば腰骨に装着するタイプがいいだろうか。
考え事をしていると雑貨店を見つけた。
雑貨店では生活用品から食材、旅に使う携行品まで多様に扱っている。
現代で言うホームセンターのような品揃えだ。
店番をしていたのは中年の女性で目当てのモノがないかさっそく聞いてみることにした。
「すみません、これに合うようなケースや鞘のようなものはないでしょうか?出来れば革製の丈夫な物で」
拳銃を見せながら聞いてみた。
女性は不思議そうな顔をしたが、思い当たる商品があるのか待つように言って奥へと引っ込んでいった。
しばらくすると両手にいくつかの革製品を持って戻ってきた。
「ウチにあるものでご要望に沿えそうなのはこれたけだね。良かったら買っていってくんな」
並べられたのは短剣用と思われる皮製の鞘がほとんどだ。
どれも拳銃が収納できる厚みはない。
変わりに一つ目に付くものがあった。
革のベルトだが幅が手の平ほどもありコルセットのような形をしている。
女性の説明によればまさしく腰を支えるコルセットで、馬に騎乗する際、疲れを和らげるために身に付けるものらしい。
本来の用途とは違うがこれに手を加えれば使えそうだと直感した。
「では、このベルトを」
頭の中でイメージがまとまるとベルトを購入して店を出た。
ちなみに代金は銀貨で四枚分。
銀貨の十倍が金貨に相当するのであまり安い買い物ではない。
詳しい物価はまだ把握できていないが、先ほど店に置かれていた卵一つが銅貨一枚だったのでそれなりに高価ということになる。
ただ、必要な物を買ったので後悔はない。
それよりも今はこれをどうやって使い易く細工しようか楽しみで仕方がなかった。
素人の僕が何か細工すればそれなりに味のある物ができるかもしれないが、ここは出来栄えの美しさを考えてプロに任せることにした。
町を歩いていると革の加工を専門に行う店を見つけた。
店内にはさまざまな革製品が展示されている。
中には革で出来た鎧や篭手などの防具もあった。
簡単に店内を見渡したところでカウンターに立っていた店主に相談を持ちかけて見る。
最初、店主の回答はあまり乗り気ではなかった。
普段は行商人や業者との取引がほとんどで、一般からのオーダーメイドは受け付けていないらしい。
しかし、初めて目にする銃に興味を持ったらしく悩んだ末に了承してくれた。
「こう言うことはあまりしないから少し時間が欲しい。まずは型を取らなければならないから、完成までにはそれなりに時間がかかると思う」
「それでは型を取るまでの間でいいので近くで見ていてもいいですか?革職人の仕事ぶりに興味がありますので」
「了解だ」
興味があるとは言ったもののそれ以上に銃が心配だったというのが本音だ。
大切な銃を人手に渡すとなれば慎重になって当然だ。
特にこのブレイターナで生きていく上では生命線であり、命の次に大切なものと言っても過言ではない。
しかし、店主は職人気質の性格らしく兵器としての銃に興味があるわけではなく、これまでに見たことがない独特な形状に興味を惹かれているようだ。
今までに見たことのない品を扱うというのは職人にとって腕前を試す絶好のチャンスといったところだろう。
型紙に下書きが終わったところで銃が返ってきた。
あとは型紙通りに革を切り抜いてパーツを作り縫い合わせていくらしい。
最後に今回持ち込んだコルセットと組み合わせれば完成だ。
注文の品が完成するまでの間、昼食を食べに行くことにした。
この世界に住むほとんどの人は昼食を食べる習慣のないため、どこを覗いても食事をしている人は見当たらなかった。
酒場を初めとした飲食店も客が来ないためどこも閉まっている。
昼食を諦めようか迷いながら町の中を歩いていると一軒のパン屋が店を開けていた。
店の中からは焼きたての香ばしいパンの匂いが漂っている。
気が付くと藁にもすがる様な思いで勢いよく扉を開け放つ僕がいた。
棚に並んでいたのは固い食感が特徴のバゲットで、よく知る菓子パンや惣菜パンなどは置いていない。
どうやらこの世界ではパンといえばバゲットが一般的で、手間のかかる菓子パンや調理パンは田舎町では手に入らない高級品のようだ。
バゲットはよく焼いてあるため長期の保存にも適しているため、先々のことを考えて三本購入した。
ちなみに一本が銅貨二枚。
この値段は基本的にどこの町でも違いはならしい。
買ったばかりのパンをかじりながら歩いているとあることを思い付いた。
町長から貰った荷物の中に保存食の干し肉が入っている。
さっそくリュックから赤レンガほどの大きさがある干し肉を取り出した。
長期の保存に耐えられるよう塩を練り込み、全体的によく乾燥している。
それをパンに挟みやすいようナイフで薄く削いだ。
切って見ると中は生ハムのような艶があり、中までよく塩が染みこんでいる。
温度や湿度など管理に気をつければ半年ほど保存できそうだ。
残った干し肉をリュックに戻しバゲットにナイフで切れ目を入れて干し肉をサンドした。
野菜が足りていないため見た目はあまり良くないが空腹を満たすには十分だ。
一口食べてみたが塩加減も抜群で塩辛さが食欲をさらに増幅させる。
総じて野菜不足は否めないが空腹を満たすには十分だ。
これからの昼食はこのサンドイッチの世話になることも多いだろう。
簡単な昼食を食べ終えるとリュックの中から水筒を取り出して喉を潤した。
先ほど真上にあった太陽は少し西へ傾いている。
買い物と食事を済ませただけで一時間近くは暇を潰せただろうか。
問題がなければそろそろ注文の品が出来上がっている頃だ。
店に戻ると店主が満足そうな表情をしていた。
カウンターの上には出来上がったばかりのガンホルダーが置かれている。
「おや、ちょうどいいところに戻ってきたな。たった今完成したところだ。いや、面白い経験をさせてもらったよ」
「そうでしたか。うん、想像通りの出来みたいですね。さっそく試着していいですか?」
「どうぞどうぞ」
カウンターに置かれたコルセットを腰に巻き新たに取り付けたホルダーに銃を差し込む。
元々着けていたマインゴーシュ用のベルトに干渉するのではという不安は、コルセットと一体化できるよう施された細工で解消されていた。
銃の取り出しについても少し不便かなと思う程度に一回り小さく作ってあるが、馴染んできた頃には革が伸びて最適なフィット感になる狙いがあるようだ。
こうした配慮は経験豊富で革の特性を理解した革職人だからできる気遣いだった。
感覚を確かめるように、銃を抜いては元に戻す作業を繰り返した。
初めは動きにぎこちなさがあったものの、何度か繰り返すうちに違和感がなくなっていた。
「ありがとうございます。思った通り素晴らし仕上がりですね」
「そうだろうとも。何と言っても私の自信作だからね。大事に使ってくれ。珍しい仕事が出来て私も嬉しいよ」
代金を支払って外へ出た。
支払ったのは銀貨で三枚。
オーダーメイドでお願いをしたため、もっと高い金額を予想していたが、ガンホルダーの素材となるコルセットを持ち込んだのでいくらか値引きしてくれたらしい。
感謝をしつつ礼を述べて会釈をした。
これでようやく最低限の旅支度が整ったことになる。
振り返れば何日もこの町で過ごしたような気持ちだ。
しかし、実際はこの世界へ来てまだ二日目。
何をして生きていくかも決まっていない状況には変わりない。
それでも不思議とネガティブな気持ちにはならなかった。
まずは次の町へ向かう。
それが今の最優先事項だ。