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シーン 5

 帝都というからには国の中心的な場所なのだろう。

 そうであればいろいろな物や情報が集まるに違いない。

 そこで新しい目標を見つけられればと思っている。

 今、優先するべきは当面の生活に必要な資金と物資を集めること。

 現代社会の常識を当てはめるなら、どこかで就職先を決めなければならない。

 ただ、せっかく異世界に転生したのだから、のらりくらりと生活をしたい気持ちもあった。

 それをするにも何を生活の糧とするべきかが問題だ。

 何か技術を身に付けて物を生産する職人を目指すのも一つの手だろうし、銃を使ってハンターのように要人警護の仕事をすることも考えられる。

 どちらにしてもそれを決めるのは僕自身であり、誰かに決めてもらったり強要されるものではない。

 そんなことを考えていると扉をノックする音がした。


 「はーい」

 「ワシじゃ、アスリムトじゃ」

 「あら、町長様。どうぞお入りください」

 「食事中のところ邪魔をする。ここに先ほどゴブリンを倒した異国の者が居ると聞いてな、一度挨拶をと思ったのじゃ」


 町長と呼ばれた男性はかなりの老齢で頭髪も口髭も真っ白だった。

 一見したところマリーナたちに比べて仕立ての良い服を着ているものの、決して豪華というわけでもなく、雰囲気から察するに権威を振りかざして威張り散らすような人物ではなさそうだ。

 どちらかと言えば人の良さそうな顔付きをしている。


 「町長様、こちらの方が娘を救ってくださいましたレイジ様でございます」

 「どうも」


 僕は食事の手を止めて会釈をした。

 この世界の礼儀についてはよくわからないが、頭を下げておけば誠意は伝わるだろう。

 下手に横柄な態度を取るより印象はいいはずだ。

 そういえば、さっきから昭和の匂いがする映画俳優の気分を引きずったまだだったが、さすがに目上の相手にまで同じ態度では問題がある。

 さすがに町長にもタメ口で話すのはまずいだろう。


 「これはまたお若いお方だ。おっと、申し遅れました。私は町長のアスリムトと申す者。町の者を助けていただきありがとうございました。近頃町の近くをうろついていたゴブリンには困っておったところでございます」

 「そうでしたか。お役に立てたのならこちらも幸いです」

 「レイジ様はニホンという異国からお越しで、旅をされておられるようです。町長様はニホンをご存知でしょう?」

 「ニホン…申し訳ない。それはどちらにあるのでしょう?」

 「帝都よりも遠い場所、といったところでしょう。なかなか具体的にお話するには難しい場所にあります」


 町長も日本についての知識はないようだ。

 ただ、二人とは違い特に驚いた様子は見せなかった。

 町の長たる者、多少のことでは動じないといったところか。


 「そうでございましたか。それは長旅でお疲れでしょう。お疲れと言えば今宵の宿はお決まりでしたかな?よろしければ私どもがご用意させていただきたく思います」

 「いや、ここへはまだ着たばかりで決めてはおりません。紹介してくださるのでしたら幸いです。ただ、今は持ち合わせの方が…」

 「その点でしたら心配に及びません。宿には私から話しておきましょう。では、お食事が済みましたら宿へお越しください。宿の場所はマリーナが知っております」


 町長が親子のどちらかへアイコンタクトを送ったのが見えた。

 たぶん町長が懇意にしている宿があるのだろう。

 そうでなければ何か目印になるものがあるのかもしれない。


 食事が終わりマリーナの案内で宿へと向かった。

 宿は町の北部にあり、地上四階建てと立派な佇まいで、一階は酒場になっている。

 もしかすると、この世界へ来て最初に出会った行商人が教えてくれた宿かもしれない。

 しかし、名前を聞いていなかったので今となっては確かめる術はなかった。

 途中マリーナから聞いた話によれば、この宿の経営者が町長の親類なのだとか。

 町長がマリーナなら知っていると言っていた理由はこれだとわかると妙に納得してしまった。

 親類が経営しているのであれば話は早いというわけだ。

 受付には町長によく似た男性が立っていた。

 どうやら彼が宿の主のようだ。


 「こんにちは、アルトラさん。レイジ様をお連れしました」

 「おぉ、アスリムトから連絡を受けているよ。アナタがそうでしたか。いや、お若いのに一人でゴブリンを倒すとは信じられませんな。その腕なら十分ハンターとしても通用するでしょう」

 「何、ゴブリンに後れをとるようでは一人旅などできませんからね」

 「そうですな。あぁ、申し遅れました。私はこの宿の主をしておりますアルトラと申します。以後、お見知りおきを」

 「私はレイジ。訳あって旅をする者です」

 「そうでございますか。長旅でお疲れでしょう。部屋の準備は出来ておりますのでごゆっくりおくつろぎください。今、係の者をお呼びします」


 そういうと主は受付を離れて奥へと消えていった。

 しばらくすると客室係と思われる若い娘を連れて現れた。

 主は彼女に僕の説明をすると案内される部屋の鍵を手渡した。

 よく見ると客室係りの娘はフリルのあるメイド服を着ている。

 おそらく宿の制服なのだろう。

 眺めているだけで目の保養になるが、あまり見つめていると不審に思われるので平常心を心がけた。

 気分は紳士と胸の中で何度もつぶやきながら。


 「この者がお部屋にご案内いたします。ご不便があれば何なりとお申し付けください。尚、お代は町長より頂いておりますのでお気になさらず」

 「すみません。ではご厚意に甘えさせてもらいます」


 客室係の後について階段を登り四階へとやってきた。

 上へと登るたびに室内の造りや調度品が豪勢になっていき、最上階である四階はさながら高級ホテルの一室といった造りだ。


 「スイートのお部屋になります。では中へどうぞ」


 客室係の言葉が本当ならこの宿で一番豪華な部屋と言うことになる。

 スイートというだけあり天井が高く丁寧な細工を施したシャンデリアが下がっており、部屋に置かれた何気ない調度品にも細やかな配慮がされていた。

 これだけの設備が整った部屋であれば一般人ではなかなか宿泊することはできないだろう。

 四階という高さは町を一望出来てとても見晴らしがいい。

 町の中にはこの宿より高い建物はなく視界を遮るものはなにもなかった。

 部屋の中央付近に置かれたベッドに腰を下ろすと程よい反発があり、枕も羽毛が詰まっていて気持ちよかった。


 「…ご満足いただけましたでしょうか?」

 「えぇ、とても。素晴らしい宿だとアストラさんにお伝えください」

 「かしこまりました。では、ごゆっくりおくつろぎください」


 そういって深々と頭を下げると客室係は去っていった。

 もはや前世の話ではあるが、人生の中でホテルに泊まった経験は数えるほどしかない。

 下手をすれば両手で数えられる程度だったと思う。

 そんな数少ない経験の中でもスイートルームに泊まった経験などあるはずがなく、この先もずっと無縁なのだろうと思っていた。

 客室係が去ったのを見計らい、僕は再びベッドにダイブした。

 まさかジャージ姿でキングサイズのベッドに横たわるなど夢にも思っていなかったし、ましてや夢の中でもあり得ないシチュエーションだ。

 それが今、見知らぬ異世界で現実になった。

 ありがたい話なのだが、これが人助けをした報酬なら少し過剰な気もする。


 ふと気になってポケットの中に入れていた拳銃を取り出してみた。

 よくよく観察すれば引金に使われるバネの強度も細部に至る細工も本物と同じように造られている。

 本来、この程度の小型拳銃であれば弾倉を含めると一キログラムはあるだろう。

 それがこの銃にはない。

 質量がないわけではないがとても軽いのだ。

 ただ、この銃が玩具でないことは先ほど倒したゴブリンでも実証されている。

 銃身から飛び出した際に聞こえたソニックブームは明らかに本物のそれと同じだった。

 破壊力も申し分ない。


 これを授けてくれた神様によれば、世界一硬い金属とされるオリハルコンが素材になっており、時空間をねじ曲げる魔法が掛けられてはいるという話だった。

 具体的には何発弾を撃っても元の状態に戻るというものらしい。

 確認の意味を込めてもう一度弾倉を抜き残りの残りの弾を確認してみることにした。

 この手の実銃は弾倉に十発前後の弾を内蔵できるが銃では八発が上限だ。

 残った弾を数えて見ると新品の弾が八発あり、使用したはずの薬莢にも弾頭が残っている。

 つまり神様の言う通り何発撃とうともリロードが必要ではないことが証明された。

 まさにチート武器の名に恥じない仕様といえる。

 旅の途中でゴブリンや野党に襲われる可能性は十分にあるのだから尚更便利な代物だ。


 マガジンを元に戻して再びポケットの中にねじ込むと、ベッドの上で大の字になり天井を見つめた。

 数時間前にこの世界で生きていくことを運命付けられたが、正直なところあまり実感はない。

 これが悪い夢なら早く冷めてもらいところだ。

 ただ、今は満腹になった満足感と柔らかなベッドの感覚が眠気を誘いそのまま意識が遠くなった。

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