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シーン 3

 最初に思い付いたのは現実的な要望だ。

 今まで能力も才能も「中の中」で生まれ育ってきたので、才能を持って生まれたいわゆる「天才」に昔から憧れていた。

 次の人生は博識でスポーツ万能なんて言うのも悪くない。

 勉強ができてスポーツ万能なタイプはいつの時代も異性からモテると相場は決まっている。

 要望の一つはこれにしよう。


 次は世界観だ。

 元の世界でやり直すのも悪くはないが、この際まったく別の世界を選ぶという手もある。 

 特に元の世界よりも文明が未熟でこれからの発展性が見込める時代背景を選ぶのも一つの手だろう。

 以前から中世のヨーロッパの時代背景には興味があり、肌身で感じてみたいと思う時期もあった。

 おまけに僕が大好きなファンタジーの世界観ともよく似ている。

 ある程の要望が決まったところで神様に伝えることにした。


 「要望が決まったよ。俺を中世頃のヨーロッパで転生させてくれ。あと、身体能力は今より飛躍的に向上させてほしい。そうだな、今ある能力の数倍程度がいいだろう。あまり飛びぬけていても化け物だから注意してくれよ。あとは今まで身に付けてきた知識と技術をそのまま引き継いで欲しい。要するに記憶を消さずにそのままにしておいてくれればいい。出来ればお前が考え得るボーナスもつけてくれると助かる」

 「ふむふむ…。なかなか面白い要望のようですね。特に私が考えるボーナスという部分が気に入りました。それでは極力条件に合うよう、アナタの記憶を頼りに転生する世界を構築してみましょう」

 「え、構築?」


 神様は僕の質問に答えることなく作業に取り掛かった。

 少し不安は残るがあとには戻れないらしい。

 光は準備が整うと力強く輝いた。

 まるでカメラのストロボのような眩しい瞬きで、ぼんやりと意識せずに直視していた僕は思わず目を背けてしまった。


 「構築が終わりました。できる限りご要望通りの世界へ案内することができそうです」

 「終わったのか。ずいぶんあっさりしているな。まぁいいや、その条件通りに頼む」

 「わかりました。では、次に目覚めた時、アナタは二度目の人生を歩むことになるでしょう。末永くお幸せに…」


 そう言い終えると光は闇に溶けていった。

 次の瞬間、外から心臓の辺りを強く叩かれるような感覚に襲われ、すぐに意識が遠くなった。

 もしかすると、これが死というものなのだろうか。

 それは深い眠りに落ちていく感覚に似ていた。


 ここまでがこの世界に迷い込んだ経緯だ。

 そして今に至る。

 転生の直後には脳裏で神様の声が聞こえていた。

 内容から察するにこの世界の状況を大まかに説明しており、僕からの質問には答えてもらえなかった。

 あらかじめ録音されていた音声を聞かされたのだろう。

 話の途中で思い出したように補足していたので間違いはない。


 説明によるとこの世界は「ブレイターナ」と呼ばれ、中世頃のヨーロッパをモチーフにした場所だとのこと。

 つまりこの世界は中世のヨーロッパなどではない。

 中世のヨーロッパとよく似たまったく別の世界だ。

 むしろ、今まで暮らしていた地球でもなかった。

 そう実感させるのは昼間だというのに空には二つの月が浮かでいたからだ。

 太陽は一つだったが見慣れているものより一回り大きい印象。

 理系の知識にはあまり精通していないが、きっとこの星は地球よりも大きいのだろう。

 ただ、重力については地球と変わらず身体に掛かる負担も同じだった。


 続いて神様はとんでもないことを伝えてきた。

 ここブレイターナは戦争が絶えない世界。

 特に数十年前から三つの種族が対立し、戦火は大陸中に及んでいるという。

 三つの種族とは人間族、ドワーフ族、エルフ族の三者だという。

 特に精霊の加護を受けたエルフ族は魔法を操り、原始的な武具のみで戦う人間族とドワーフ族は覇権争いから遅れを取っているらしい。

 他にもゴブリンやオークに代表される亜人族が大陸中に分布している。

 この他にも野生動物とは別に魔獣や魔物と呼ばれる怪物も多く存在しているらしい。


 ここまでを聞いて思い出したことがある。

 この世界観は数年前に発売された家庭用ゲーム機向けのRPG“マジック&サーガ”通称『マジサガ』の設定と酷似していた。

 世界の名前こそ違うがゲームの冒頭でも“三つの種族が争い…”というナレーションからスタートする。

 ストーリーは全世界を巻き込んだ大戦『悠久の刻』と呼ばれる終末戦争を終わらせるのが目的の王道RPGだ。

 プレーヤーは最初に三つの種族からプレイする種族を選び、それぞれのストーリーを経て成長するキャラクターを操り種族の繁栄のために戦いを繰り広げていく。

 つまり、これまでの話を整理するとここはゲームの世界観を元に構成された異世界ではないかと推測できる。

 ただし、名前の違いなどもあることから現時点ではそれを確認する術はない。

 一つ気掛かりなのはやはり亜人種や魔物の存在だろうか。


 最後に死神は特典要素として神の金属「オリハルコン」で創られた拳銃を用意していた。

 この拳銃は前述の通り魔法が掛けられてはおり俗に言うチート武器だ。

 また使用者の精神に感応してさまざまな力を与えてくれるのだとか。

 ただし、このオリハルコンという特殊なアイテムはマジサガの世界には存在していなかった。

 これについてはこれから検証が必要だが、身の助けになるのは間違いなさそうだ。

 神様は最後に「ごめんなさい」と言って説明を終えた。


 まだ状況を飲み込めたわけではないが、五感がこの世界を現実だと訴えてくる。

 立ち尽くしたままでは状況が変わらないのでこの場所から移動をすることにした。

 まずは町を見つけるのが先決だ。 

 食料も寝る場所もない今の状況は危機的と言っても過言ではない。


 しばらく歩くと石畳でできた道が現れた。

 明らかに人の手によるものとわかり、道の先には町があるのだろうと想像できる。

 先ほど聞いた神様の説明が本当なら、この星の基本的な仕組みは地球と変わらないらしい。

 つまり、太陽は東から昇り西に沈むということになる。

 太陽の位置から東西南北を割り出し、直感から太陽が昇る東へ進むことにした。 

 しばらく進むと道の前方に荷馬車の後ろ姿を見つけた。

 第一村人発見と言ったところか。

 僕は慌てて駆け寄ろうと後を追った。


 ここで初めて気が付いたことがある。

 身体が異様に軽いのだ。

 まるで月面を飛び跳ねるような感覚。

 軽く地面を蹴れば一歩で数メートルも先へと進んだ。

 神様にお願いをして身体能力を高めるようにと伝えたが、まさかこれほどのものとは思ってもみなかった。

 言葉にできない感動を覚えているウチに荷馬車のすぐ後ろへたどり着くことができた。

 そのまま前へ回り込み御者台に座る男の顔を確認する。

 見た目は四十代半ばの中年男性。

 ドワーフ独特の小柄で筋肉質な体格やエルフのみが持つ尖った耳という特徴はないので僕と同じ人間に間違いはない。

 戦争が絶えないと言っても、種族が同じなら敵視される心配ないだろう。


 「…あぁ、すまない。少し待たれよ!」


 キャラにもないヘンテコな言い回しで御者台の男に話しかけた。

 さっきの映画俳優気分がまだ抜けていないらしい。

 今さらキャラを変えるのもおかしいので、このまま通すことにした。


 「えッ…?何者だい、アンタ!」


 馬は人が歩くよりも早いペースで進んでいたため、男は慌てて手綱を引いて馬を止めた。

 馬がいななき車輪が僅かに土煙をあげる。


 「私は旅をする者。道に迷ってしまい、近くに町か村があれば教えていただきたい」

 「アンタ、旅人かい。見たところ武器は持っていないようだが、この草原を一人で渡るとは無謀なことを…」

 「この草原には何かあるのか?」

 「あぁ、たまにゴブリンが出るんだ。時にはオークだって現れやがる。まぁ、運が良ければ出会うこともないだろうが…」

 「そう言うアナタはどうなんだ?馬車には乗っているが一人のようだな」


 一見するとこの男も武器を携行していない。

 荷台にあるとしても咄嗟の対応は難しいだろう。

 しかし、男はニヤリと笑みを浮かべて見せた。


 「心配ない。今日はハンターと一緒だ。荷台の中に居るよ」


 マジサガの世界観ではハンターは護衛役を意味する職業の者たちだ。

 近い職業でいえば警察官よりも警備員という印象が強い。

 彼らの主な仕事は敵対するドワーフやエルフ、亜人や魔物との交戦を専門にする戦闘集団でハンターギルドという組織に加入している。

 今回のように商人の護衛するのも彼らの仕事の一つだ。


 「なるほどな。それでは心配に及ばないだろう。それよりも最寄りの町について教えていただきたい」


 脱線した話を本線へと戻した。

 今にして思えば日本語が普通に通じていることは驚きだ。

 これについては何の説明もなかったがおそらく神様が与えてくれた特典によるものだろう。

 話が通じるに越したことはないので敢えて疑問に思う必要はない。


 「この道を真っ直ぐ、人の足なら半日ほど歩いたところに「ローヌル」という田舎町がある。街道の宿場町のようなものさ。見てくれはボロだが飯の美味い宿もある」

 「ローヌルか。主人、急ぎのところを邪魔したな。礼を言う」

 「何、ヒューマン族同士、助け合いは当たり前さ。他のヤツらなら話は別だがね。特にエルフなら八つ裂きにしてやりたいくらいだ」


 男の目が怪しく光った。

 どうやらエルフ族に私怨があるらしい。

 詳しく聞くのは野暮なので敢えて聞かないことにする。

 触らぬ神にというヤツだ。


 「では、私は先を急がせてもらう」


 それだけ言って教えられたローヌルを目指した。

 驚くほど軽い身体は少し足に力を入れるだけで周りの景色が目まぐるしく変わっていく。

 草原にジャージ姿というのはなかなか絵にはならないが、今はそんなことよりも身体を休める場所にたどり着きたい気持ちが強かった。

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