01:白雪姫の夢を見た
『白雪姫は夢を見た
いつか素敵な王子様が私の前に現れて
目覚めのキスをしてくれる
見目麗しい王子は情熱的で優しくて
目覚めと共に恋に堕ち
甘い 甘いプロポーズ
色とりどりの花と綺麗なドレスの祝福を
白雪姫は夢を見た 』
「・・・やっぱいいなぁ、白雪姫!寝て起きたら超イケメンが目の前にいるとかさ。」
しかも、寝ている間に唇を奪われちゃってたりして、なんとなく唇に感触が残っちゃってたりして、と脳内でその様子を再現した若葉はえへへ、とにやけた笑みを浮かべて勢いよくベッドに身を沈めた。
幸せな時間は妄想している時間、と豪語する若葉は暇さえあれば好きな物語をさらに自分好みに脚色をしてストーリーを描いてはその世界に入り浸っていた。
「王子様って言う存在がすでに神だよね。リアルに出逢わないもんね、王子なんて。」
そう呟いた若葉は脳内で自分に微笑みかける見目麗しい、まさに自分好みのイケメンに頬を緩める。
「・・・次のコスプレイベントは、コレだな。白雪姫と王子。ゴシック調白雪姫の衣装なんて超可愛いんじゃない??」
さすが、私、と若葉は呟いてたった今ひらめいた衣装をささっとノートに描くと、にんまり笑って写メを撮ってコスプレ仲間の親友にメールを送る。
若葉が唯一の特技、と自覚しているコスプレ用衣装のデザインと洋裁技術は、コスプレ仲間からも好評化を得ている。基本的にゴシックロリータ、と呼ばれるジャンルを好む若葉のデザインは友人からは『無駄に細かい』と評される事もある程で、凝った形のボタンにたっぷりのレースやフリル、透け素材を重ね、自分好みの衣装を作っている時間は何よりも楽しかった。
思い立ったら即実行しないと気が済まない若葉は、自分のデッサンを元に手持ちの材料から作り出せないか、頭を捻る。
「白雪姫と言えば、青、黄色、赤、だけど・・・」
私は原色派じゃないのよね、と呟きながら若葉は濃紺に小花柄の生地を広げて自分好みの白雪姫のドレスを脳内に再現する。
膝上丈のスカートの中にワイヤー入りのパニエを仕込んで裾からレースを覗かせ、足元は白のニーソと黒の編み上げブーツを合わせると、清楚な白雪姫、と言うよりはガーリーパンク調の白雪姫が出来上がって行く。
「よし、これだ!」
脳内にデザインを完成させた若葉は簡単に型紙をつくると迷うことなく生地に鋏を入れた。
愛用のミシンでイメージ通りに生地を縫い合わせ、徐々に形を作って行く。時間が経つのもすっかり忘れて作業に没頭していた若葉は、深夜を過ぎて完成させた衣装を早速試着して鏡の前に立った。
「・・・イメージ通り!これで王子様がおはようのキスをしてくれたら言う事無し!」
大満足で完成したドレスをベッドサイドに置いて心地よい眠りについたのだった。
「・・・・ん・・・・」
耳に心地よい小鳥のさえずりが聞こえる。
微かに頬を撫でる穏やかな風。
何か柔らかいものが額、鼻先、頬、そして唇に触れる感覚に少しずつ意識が覚醒していく。
「・・・・・ん・・・朝・・・・っ?!」
あまり朝が得意ではない上に昨夜夜更かしをした若葉がぼんやりと瞳を開くと、その視界に映ったのは視界いっぱいまで接近した超イケメンの顔。一気に意識が覚醒した若葉は跳び起きようとしたがイケメンに手首を掴まれ、その場に拘束された。
「姫、気分はどうだ?」
目に幸せな顔、耳が幸せな声に若葉は一瞬うっとりしかけたが、もろもろ尋常ではない事態にようやくまともに思考を始めた頭が警鐘を鳴らした。
「あ、あの!私は姫じゃないし、それにっ!あなたどうして私の部屋にいるんですか?!」
そうだ、イケメンだからって朝起きて、自分の上に馬乗りとか、犯罪者以外の何物でもない。そう思った若葉はにわかに恐怖に囚われた。
「・・・そんなにも怯えた瞳をするな。ここがお前の部屋だと言うのならお前は宿なしか。・・・お前自身の目でよく見るがいい。ここは俺の国ヒューレ・フローリアの外れ。間違っても屋敷の中などではない。・・・だが言葉は通じるようだ。安心したぞ。」
イケメンはそう言いながら若葉の身体を優しく抱き起してくれる。大混乱の若葉だったが、ふと自分が昨夜作った白雪姫の衣装を着ている事に気付く。ご丁寧に、脳内再生していた編み上げブーツまで履いている。
「・・・夢?」
夢の中でまた夢を見るとかどんだけ眠いの私、と心の中で突っ込んでみるものの、手に触れるイケメンの体温は暖かくますますわけが分からなくなった。
「このシチュエーションって、もろ白雪姫なんじゃ・・・」
森の中で王子のキスで目覚め・・・
「って、キス?!うそ!うそでしょ?!」
「・・・何を一人で騒いでいる。姫を眠りから覚ますのは十字の口付けと決まっている。」
「な・・・な・・・・っ!」
あれは夢ではなかったのか、と自分でもはっきりと自覚するほど身体が熱くなるのを覚えながら平然としているイケメンを見た若葉は一瞬目を疑った。
頭の上に、耳。そして、思わず触りたくなるような毛並みの尻尾。そう言えばさっき、「俺の国」とか言ったよね?何?新手の中二病?そう思いながら改めてまじまじと見つめる。
美しい黒髪に陽の光を反射して紫にも赤にも見える瞳、庶民ではない、と見て分かる服装をしている。すらりと通った鼻筋に切れ長の瞳、完全に若葉好みの整った顔立ちはそれだけで全てを許したくなる。ただし、銀色の柔らかな毛の耳と、尻尾さえなければ、の話だ。
「・・・お前、名は何と言う?俺はこの国の王アルジュ・レイだ。怯えるな。お前を喰う気はない。」
『喰う』というキーワードに若葉の混乱はさらに増す。寝起きに耳と尻尾をつけたイケメン過ぎる新手の中二病に王だと言われてもそう簡単に思考が付いてこないのも当然だ。
「若葉・・・高見若葉です。・・・って、えぇっ?!」
名乗り終わるか終らないかのタイミングで、若葉はアルジュに抱きあげられていた。
「暴れるな。喰う気はないと言っている。」
喰うとか、そう言う事ではなくて、と若葉は心の中で思う。おはようのキスだけでもお腹いっぱいなのにお姫様抱っこのオプションなんてお願いした覚えはない。
「とにかく、王宮へ戻る。話はそこで聞こう。お前に選択の余地はない。ここは俺の国だ。俺に従ってもらおう。」
そう言ってアルジュが鋭く口笛を吹くと、森の中から人が楽にその背に乗れる大きさの狼が姿を現し、アルジュは若葉を腕に抱いたままひらりとその背に飛び乗った。
「ちょ、ちょっ・・!」
文字通り風のように走る狼の背はお世辞にも乗り心地がいいとは言えず、振り落とされないよう必死にアルジュにしがみつくと、安心しろ、とでもいう様に若葉を抱く腕に力が込もった。