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とある大学生の恋愛事情  作者: 林田沙良
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入学までのお話

高校時代の私は、今より少し太っていて、なんとなく二重あごだった。その上、眼鏡で眉の手入れさえも全くしていなかったから、オタクっぽい暗い女の子だったと思う。

言い訳をさせてもらえるなら、母の影響は多大だった。

予備校から家に帰ると。毎日のように母が買ってきたケーキが置いてあったのだ。女子高で、彼氏はもちろんのこと好きな男の子なんてのもいなかったから、ストレス解消にと間食をとりまくった。「高校まではコンタクト禁止」「顔の毛を抜くなんてとんでもない」というのも母の教育の賜物で、私も特に不自由なかったからか反抗したことはなかった。

磨けば光るのに、なんて言葉は聞きあきていて、そう言われる度に「磨いてないからそう思うだけだよ~、実際磨いてみても残念だったら責任とってよね~」と答えていた。

大学生になったら何をしてもいいよ、そう直接言われた訳でもないけれど、そんな空気を母から感じ取っていた私は、第一志望の合格を知ると、まず始めに眼科に行こうとした。

「沙良、住むところ探しに東京行かなきゃいけないから、また来週にしなさい」

「えぇ? 行くって、今すぐ?」

「当たり前でしょ、いい物件はすぐになくなっちゃうじゃない!」

合格発表前に物件をおさえ、あえなく桜散ったため違約金を払わされた兄の経験から、私の一人暮らしの住まいは合格発表後に決めることになっていた。


受験ぶりの東京は、相変わらずの人ごみと、相変わらずの速足だった。地元よりもずっとおしゃれな人がうようよしていて、でも外見を繕ってるだけで薄っぺらい人間にみえた。

大学の周りには、私たちみたいな親子が散見される。男の子でもお母さん連れが多かった。新入生と思しき人たちは、なれていない茶髪に緊張した面持ちだったからすぐに判別がついた。ところどころ、化粧し慣れてます、みたいな女の子もいてちょっとびくびくしたけれど、おおむね私と同類な地味っぽい子が多くて、ひとまずは安心した。

母は、ここここ、といって一軒の不動産屋に入った。地元のCMにはない名前で、ここでなぜか来年から一人暮らしをするんだという実感がふっとわいた。

「こんにちはー」

そんなに広くもない店内に、先客は一人だけ。少し年上にみえる茶髪で背の高い男の子で、やたら若い店の人と熱心に話をしていた。周囲でうろうろしていた新入生よりは、茶髪の似合うにーちゃんだった。

母が名前を告げると、社員らしくスーツを着た不動産屋さんは笑顔を見せた。

「お電話頂いた林田さまですね」

知らぬ間に、母はここを手配していたらしい。

「この度は、合格おめでとうございます」

「あ、いえ、ありがとうございます」

まさか見知らぬ人にこんなところで祝われるとは思っておらず、あわてて頭を下げる私。それを見て、

「そうそう、隣のお客様も同じ大学の新入生でしてですね。あぁ、あと林田さまの大学の先輩にあたる人もアルバイトで雇っているので、よろしければなにかご相談くださいませ」

と親切にも隣の茶髪のにーちゃんと、熱心に話していた店の人を紹介する。

「こんにちはー、なんか相談あったら何でも聞いてね」

と、先輩だと紹介された人がこっちを向いて営業スマイル。

ありがとうございます、と返事をしたけれど、どうにも人慣れしてそうで嫌だなと思ったので(接客業だから当然だが)すぐに社員さんに向き直った。

社員さんに説明をされつつ、しかし、隣の会話もちらちらと聞いてしまう。

もともと電車やバスでも周囲の会話に聞き耳を立ててしまう性分な上、内容が自分にも有益な情報かもなんて思うと、聞かずにはいられなかった。

結果から言えば、先輩は法学部の新3年生で、なんとかという横文字のバンドサークルに入っている、茶髪のにーちゃんも法学部で(六法を毎年買い替えるから大変らしい)、その外見に反して高校時代は弓道部だったらしい、そういう個人情報もろもろ、というまったく実のない情報を得て、私たちは店を後にした。


社員さんと物件をめぐること三件目、駅からはすこし離れているが、小綺麗でセキュリティ万全の住まいに決めた。なにより台所が広かったのが良かった。

私は食には少しばかりうるさい。入学してからも本格的な自炊をしたかったので、台所だけは譲れなかった。


満足して物件から帰ろうとした時、やたらキラキラしたお姉さんにあった。私の入居する部屋の下から出てきたその人は、東京にはそぐわない濃い顔をして、私の進学する大学では目立ちそうなごついラメのネイルをしていた。

明らかに物件を見に来た私たち集団をみたその人は、会釈をして原付に乗った。

――この人、同じ大学だ。

なんの証拠もなかったけれど、私はとっさにそう思った。そしてその予想は、一カ月後にあたりだと判明することになる。


それから入学まで、大学関係の人と関わることはなかった。

同じ大学へ進む同級生はおらず、SNSのアカウントを持っていなかった私には、地元にいるうちから友人をつくるという発想が皆無だったからだ。

春休みは家族や高校の友人たちと過ごし、あとは引越しの準備で手いっぱいだった。

高校二年生の文化祭で声をかけられた隣の男子校の後輩にご飯に誘われたものの、丁重にお断り申し上げた。私の中高で起きた唯一のロマンスがそれだとは、すこし悲しい。


そして3月31日、私は地元を離れ、東京で一人暮らしを始める。

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