1:祈りは呪いに似て
「丁輪大学、人間環境学部から参りました、調辺のどかです。本日は宜しくお願いします」
「私を一言で表すなら、『納豆のように粘り強い』人間です。困難に向かい合ったとき、腰を据えてその解決に取り組むことについては自信があります」
「あ、が、学生時代は花屋でアルバイトをしていたのですが、ある、アルバイトリーダーとして売り上げにいっぱ……いえ、貢献しました」
「……具体的には日々の地道な裏方作業を確実に徹底し、その一方でお客様の声をこまめに取り入れた売場づくりを提案しました。『納豆のように粘り強い』というのは、そのアルバイトの際に店長からいただいた言葉です」
「なっと、あと、……いえ。以上です」
「私の場合、やはり決め手は『人』でした。大学の合同説明会にいらっしゃった人事の方の表情がとてもよくて、その。素敵な方で。憧れちゃいまして。私も、こんなふうに働きたいと思いました。それと、社会貢献の面でも、人と人の架け橋になれるお仕事ですので。ですので、その。私も、がんばってみよう!って、えへへ。はい。以上です」
「本日は貴重なお話、ありがとうございました」
ああ、もう。
バカみたい。
バカにしか、見えないんだろうな。
涙も出ないし、俯く気力もない。
能面のような無表情で、私はエレベーターを下りる。
外に出れば、秋空にはまだらの鰯雲。吹いてくる風は、まだ少し生暖かい。
今目の前を横切ったサラリーマンが、私のリクルートスーツを見て、少し軽蔑している気がした。
見慣れない町並みに、車道にひしめく車さえ妙によそよそしく見える。
大学がある地元の町から、片道1000円かけてやっと行き着く地方都市。
何度も来て、何度も帰った。
これが最後になりますようにと、祈りながら。
そう、今も祈ってる。
振り向いた。今出たばかりのビルの壁面に、記された文字。
『株式会社 RGコーポ』
祈りとともに、私はその、聞き慣れない社名を声に出さず読み上げた。
お願い。受かって。
私が春にエントリーシートを提出しまくった、そうそうたる大企業たちに比べたら、本当にバカみたいにちっぽけで、しみったれた会社だけど、それでも――
(それでも)
響き渡る着信音。
就活サイトからの通知メール。
無表情のまま、メールボックスを開いて、文面を表示させる。
差出人は、先週受けた会社だ。たしか、不動産業。
前半を読み飛ばして、最後の一文へ目を走らせる。
『今後の活躍をお祈り申し上げます』
(しみったれた会社だけど、それでも)
慣れた動作でそのメールを削除しながら、わたしは先刻の続きを呟いた。
少しだけ、小さく、声に出して。
「祈られるよりは、ずっといい」
調辺のどか、21歳。
ない内定のまま迎える秋。
こんなはずじゃなかった。
でも、それを言ってしまえば、なんだか涙がこぼれそうな気がして。
止まりかけた足を、ほとんど意地で前に出して、私は歩き始めた。