最後の瞬間
山は唸り、地は揺れ、木々は倒れていった。山からは火が噴出し、海の水は陸を飲み込み、大地が隆起して、または陥没していった。
西暦5000年。
口に出して言えば簡単だが、実際にその年月は人間1人の一生に比べて、途方もなく長い。
しかしそんな年月も、母なる地球の歴史に比べれば、一瞬に満たないほど短い。
今年18歳の彼は高い高い山の上から、混乱の最中にある地表を見ながら、冷たい視線を「それ」におくっていた。
彼の隣に座っている16歳の少女は、微笑みながら「それ」を見ていた。
「それ」とは、この地球を今の状態にまでした、死にいたらしめた、唯一の文明と高度な知恵を持った生物の死にゆく姿。つまり、人が死にゆく光景。木の下敷きになり、山からの溶岩に骨も無くなるほどに焼かれ、海に飲み込まれ。
「自業自得だ」
彼はボソリとつぶやいた。
「いいんじゃない?それだったら。大丈夫よ。人間以外の生物には、もしもの時にでも生き残ろうとする生命力があるもの」
少女はクスクス笑いながら言った。
「もう、3000年以上も前から気づいていたのに、何もしないなんて。結局死ぬはめになっている」
少女はそこまで言うと、コホコホと咳をした。
「ここまで長く、進化もしないで滅んだ生き物も、少ないんじゃないか?」
彼はそう言って、咳をする少女を心配そうに見る。
「そうね」
そう言う少女の口から流れ出たのは、血だった。血は顎から滴り落ちた。
「もう、私たちも死ぬのね」
少女は自分の手についた血を、じっと見て言った。
「この汚れた空気のせいで、肺がもうダメなのね」
彼も少女も、同じ病に侵されていた。汚れた空気中に混じった毒が、身体の特に空気を吸うべく肺を少しずつ溶かす。
「もう、お別れか」
地震で彼と少女のいる山が大きく揺れた。
「うん」
少女は少し寂しそうに言う。
もしこんな事がなければ、2人は普通に愛し合えて、幸せになれたのかもしれない。でももう、ムリなのだろう。
彼は最後に少女にキスをした。
それが彼の最後の瞬間だった。
死ぬ間際の、最後の瞬間だった。