第八話「消えない名前、消えない記憶」
可能性の一つだった。
何処かで信じていた。
出来るなら、信じ続けていたかった。
彼、クリス・ルノワール本人の口から
致命的な真実が語られてしまった。
「帝国第一特殊部隊…
元・ナイトだ。」
帝国第一特殊部隊。
聞き慣れない単語であったが、
「ナイト」と言い換えれば誰もが知っている、
この世界の「恐怖の理」だった。
帝国。
「圧倒的国力、軍事力」と称されるが
帝国も一枚岩ではない。
政治、経済、科学など様々な分野に特化している「組織」だからこそ
今の地位を築いてきた。
その礎となる二つの存在。
その一つが将軍。
全兵士を統率できる戦闘力と、そしてカリスマ性。
もう一つがナイト。
発足した当初の名前は帝国第一特殊部隊、
戦いにのみ特化した集団。
死を恐れず、ただただ敵を倒すことしか考えない。
東国の「サムライ」、あるいは北欧の「バーサーカー」が相応しい呼び名ではあるが、
帝国は「騎士~ナイト~」と呼んだ。
各戦場に必ず一個小隊は配置され、
戦闘力だけで言えばそれぞれが将軍クラス。
「…聞いたことはあったぜ…
帝国で、10代半ばにしてナイトの隊長になった
伝説の少年がいるって…
何でも最年少で隊長になったそいつは、
とんでもない速さで戦場を駆け抜け、
そして誰の目にも映らない剣戟で
敵軍をなぎ倒していったって…
それがアンタか。クリス・ルノワール。」
「そうだ。」
「…反帝国軍に恋人を殺された…
だから、帝国に?」
「違う。」
今までの、問いへの答え合わせすらしなかった態度と打って変わり、
目の前にいるクリスは明確に答えていた。
「じゃあ、何で!?」
その豹変っぷりへの戸惑いが、ソフィアを苛立たせた。
「帝国のスパイなの!?
ヴァルヴェみたいなのをけしかけて、
自分の力を誇示して…!
しれっと、すまし顔で私達の仲間になったように見せかけて、
本当は…!!」
「黙れ!!」
初めて聞くクリスの怒号にさしものソフィアも黙ってしまう。
「帝国の敗残兵を追い、街を焼き、
そして…ティナを殺した連中は反帝国軍なんて
崇高な大義を持つ組織でも何でもなかった。
「反帝国」を名目に、田舎で悪さをしている小悪党共。
ただのフーリガンだったのさ。
帝国だとか、反帝国だとか、
崇高な思想の名の元にティナは散ったわけじゃない。
ただの暴力。
それに巻き込まれて、
俺が…
俺が愛したティナは…
分かるか?
そんなくだらない、ただの暴力に、
目の前で、ティナは殺されたんだ。
…ティナは…
最後まで、俺のことを心配していた。
逃げて
生きて
と、ずっとずっと…
俺に向かって叫んでいた…
守りたかったさ!!
死ぬんだったら、俺が死ねばよかった!!
あんなに苦しい想いをするなら…
俺が…!!俺が…!!」
機械めいた、人形めいた感情のない男だと思っていた。
しかし、こんなにも感情的になるなんて…
「…こんな形で貴方の感情は見たくなかった…」
呟くディーネ。
「レオン。君は聞いたな。
反帝国軍に恋人を殺されたから、帝国に入ったのかと。
違う、と答えたが、2割程度は当たっているよ。
そもそも、さっきも言ったがティナを殺したのは
反帝国ですらない只の暴徒だ。
そう、それだが、
気が付いたら奴らは死んでいたよ。
どうやら俺が殺していたらしい。
その時点で復讐は済んでいる。
何を、誰を許せなかったと思う?
何を、誰を殺したいと思い続けたと思う?
他でもない、俺自身だ。」
----ティナを失い、フーリガンも殺した。
愛する者も、復讐する相手もいない。
だが…
自害する勇気はなかった。
ただ、悲しみのままにピアノを壊れたように弾き続け、
たまに外に出たら
目につく全ての物と、人に当たり散らしていた。
自分でもどうしようもないと分かっていた。
でも、どうすることもできなかった。
そんなある日、ある男が俺のところへやってきた。
「俺についてこい。
お前の望みを叶えてやる。」
目に映るすべてが敵だった俺は、
彼に斬りかかった。
気が付いたら倒れていた。
彼は更に言った。
「私はナイトだ」
と。
彼の名前はシーク。
帝国のナイトだと。
「自分では死ねないのだろう?
ならば、死に場所を用意してやる。
それに、ただ死ぬだけじゃない。
死ぬまでにお前の鬱憤を散々晴らすこともできる。
お前に最適な舞台だと思わないか?
クリス・ルノワール…」
「何処で俺の話を聞いたかしらんが、
シークは言っていた。
「死の匂いを感じ取った」と。
気色の悪い奴だと思ったが、
当時の俺には丁度いい話だった。」
「それで、帝国に…ナイトに。」
本人の口から語られた真実。
沈黙が流れる。
「だからって、それが正当化されるはずないでしょ…!!
アンタ、今は帝国から足を洗って何食わぬ顔して生きてるけど、
ナイト時代に何人殺してきたの!?
そのミケランジェロって剣に、
何人の魂を喰わせてきたの!?」
「落ち着け!!ソフィア!!」
「人を殺したことのない魔術師風情が、
それらしいことを言ってくれる。
逆に聞こう。
そのご大層な平和主義で、
君は何人を守ってきたんだ?」
「この…!!」
「もうやめてください!!」
ディーネが叫ぶ。
「もうこれ以上、凄惨な姿は見たくありません…
それも、仲間同士で…
ソフィアさんの言うことも分かります。
どんな理由があっても、やっていいことと悪いことがあります…
でも、クリスさんの気持ちも分かるんです…!
もし、私がクリスさんと同じ立場だったら…
誰かを憎まずにいられることは、できたんでしょうか…?
クリスさんのことを正当化するつもりはありません…
でも、仕方ないことだと思うんです…!
そして、今はクリスさんは、
きっと仲間です。
だから、こうやって話してくれたんだと思います…きっと…」
涙を堪えながらディーネが言う。
それでも納得のいかない表情を浮かべるソフィアと、
再び無表情と言う仮面を被るクリス。
「ディーネの言うことも分かる。
仲間…かどうかは分かんねーけどな。
これからちょっと長い旅路になる。
少なくとも、その中でクリスの力は必要だ。」
「無理しなくていいぞ、ホーク。」
「…あ?」
精一杯の譲歩、そして理性を示したホークの一言に水を注す…
いや、抑えている激情という炎に油を注ぐクリス。
ホークの表情がまるで敵を見つけた狼のように険しくなる。
「ああ、君の言う通りだ。
俺がいれば何の問題もない。
だが、言っただろう?
俺は君達を守るつもりは一切ない。
たまたま、君達の前に現れた敵を倒すことはあるかもしれないがな。」
「…けっ…
よし、解散解散!!
みんな、頭を冷やして、体も休めて明日に備えようぜ!!
…何せ、とんでもなく気に入らねぇ野郎が
お仲間さんになってくれるんだからよ。」
「ホークさん…」
クリスのことを知ってほしかった。
そんなジョセフの親心を理解できない訳でも、
踏みにじるつもりも全くなかった。
しかし、結果として軋轢として残ってしまった。
重苦しい空気の中、
それぞれ自分の部屋へ向かうことになる。
「…大丈夫なんだろうか…
こんなんで…
何より…私自身が…」
シャワーを浴びながら呟くディーネ。
とてつもない過去を知ってしまった。
それでも同情せず、立ち向かっていくソフィアとホーク、
そして中立の立場で見ているレオン。
「クリスさんが間違ってるのかな…
それとも、それを否定する二人が間違ってるのかな…
もう…分からないや…」
答えのない、螺旋のような思考を巡らせながら、
ディーネは深い眠りに落ちていった。
宿から少し離れた酒場。
「やあ。飲めるクチなんだな。」
「…よく見つけたな。
飲むんだったら、宿のバーでもよかったろうに。」
カウンターの隅でグラスを傾けているクリス。
少し遅れて声をかけるレオンがいた。
「俺も割と好きでな。
こういう穴場みたいなところを探すのが好きなんだ。」
「そういえば、ホークと出会ったのも彼の村の酒場だと言っていたな。」
「おお、意外だな。
覚えていた…っていうか、聞いていたのか?」
少し茶化すレオン。
「別に…聞くつもりはなかったが、
勝手に入ってきてしまうものでな…
聞きたくなくてもな。」
咳ばらいをして皮肉を言う。
しかし、その表情は昼間に見せた拒絶の表情とは少し違っていた。
「詳しい話を聞くつもりはない。
君の昼間の態度を叱責するつもりもない。
どちらかと言うと、君の気持寄りだ。」
意外なレオンの発言に少しだけ驚く。
「驚いたな、君は中庸、統率する立場上そういう発言はしないと思っていたが。
…いや、だからこそ俺をここで見つけたわけか…」
「俺も殺し屋だ。」
「!!」
「それも、元じゃない。
今も殺し屋だ。」
初めて、クリスがレオンの顔を見る。
「ローム魔術協会から派遣されていてな。
魔術協会の障害になるだろう存在を消して回っている。
あの村にいたのも、
あくまで中立を守ろうとするキングダムが、
もしかしたら魔術協会の障害になるかもしれない。
その調査の為さ。
そしたら、たまたま帝国の侵略事件が起きてな。
それを見て、結局帝国を目下の障害にするそうだ。」
「危なかったな。」
「ああ、ヘタしたらホークとディーネを消さねばならなくなるところだった。」
「ソフィアはそれを?」
「直接は話してない。
だが、気付いてるだろうな。
だから、先にキングダムにいたんだと思う。」
「そうか…」
「君と同じ、とは言わない。言えない。
だが、少しは分かるつもりだ。
人を殺して、
自分が救われると一度も思ったこともなければ、
何かを救ってると思ったこともない。
ただの装置さ、魔術協会の。」
「そうだな…
人を殺めて、自分が救われるなんて、思ったこともない。」
「かと言って、死のうと思ったこともない。」
「…」
「だから、今がすごく嬉しいんだ。
初めて、誰かの為に戦えている。
…見ていたんだろ?
船の中の話の続きだが。」
「…ああ。
本当は最後まで傍観しておくつもりだったんだがな。
君達が余りにも不甲斐ないからな。」
「ははっ!!面目ない!!
…ということは、俺達が帝国兵を殺さなかったのも見てたろ?」
「つくづく甘いと思ったよ。」
「そんな君もヴァルヴェを殺さなかった。」
「…」
「その。ソウルセイバーは魂に飢えていると言った。
何がきっかけで君が帝国を抜けたのか知らないが、
それから君は人を殺めていないだろう?」
「…まだ帝国を抜けていないかもしれないぞ…」
「ないとは断言できないな、それは。
だが、君が長いこと人を殺してきてないのは
殺し屋だからこそ、断言できる。
理解してくれとも言わないし、
理解できるとも言えない。
立場上、他の3人の意見も尊重する。
もう一度言わせてもらうが、
俺は、個人的に君の気持に寄り添わせてもらうよ。
それが言いたかっただけだ。
明日は早い。
余り深酒しないようにな?」
そういってレオンは宿屋に向かっていく。
「…すまない…」
魔術礼装の黒い外套。
それが、救いの旗のように見えていた。




