第七話「影」
---貴女は死ぬ
そう言ってしまったことを、
少し後悔していた。
悔いることなんてない。
媚びることも、顧みることもしない。
そう思い、そしてその通りに生きてきた。
後悔したのは、
懐かしい風のせいなのかもしれない。
クリス達を乗せた船は無事にフィレンツェの港へと到着した。
とてものどかで、小さいながらも活気のある町だった。
昨日までは戦場に、そして先程まではギスギスした雰囲気の中にいた
彼らは久方ぶりの日常的な光景に安堵の表情を浮かべる。
「はぁ~っ…やっとだよ、やっと…!
畑を耕してたのが遠い昔のようだ~。」
「ふふっ…ホーク様ったら…」
「ああ、そうそう、姫さん!」
「は、はい!」
思い切り伸びをした後に急にキリっとした表情でディーネを指差す。
リラックスした後の急な変わりように驚くディーネに対して、
ホークはこう続ける。
「もう、ホーク「様」とかやめてくれや。
柄でもないしな?
アンタの性格は分かってるけど、
強くなりてーんだろ?
小さな一歩かもしれないが、
呼び捨てで構わねぇよ?
ホーク、ってな!」
「ははははっ!
ホーク殿…
いや、ホークらしいな。
これから改めて、旅路を共にするんだ。
それくらい砕けてもいいだろう。」
笑いながらレオンが言う。
「わ、わかりました…レオン…さ…レオンさん、
ホ…ホーク…さん…」
「無理しなくても大丈夫だからね?
ちょっとずつ慣れていこう?
ちょっとずつ強くなろう?」
「ソフィアさん…」
そんな心温まる光景を尻目に、
クリスは既に港の外へ歩いていた。
「おーい、クリスさんよ?
どこいくんだい?
まず作戦会議じゃねーの?」
「俺には必要ない。
言ったはずだ。
俺はただ、ついていくだけだと。
それに、井戸端会議でもするつもりか?」
「港から出て少し歩いたところに宿があるらしい。
アルベルト王が宿も取っていてくれてるらしい。
そこを拠点にしよう。」
「…そうか…」
それでもクリスは歩みを止めない。
ミケランジェロ…意志を持つ、そして魂を喰らう刀を制した後、
再びクリスは甲板へ向かった。
今度はミケランジェロを携えて。
そこからフィレンツェに着くまでに決めたことがあった。
基本的に、クリスとはホークかレオンがコミュニケーションを取る。
ソフィアではお互い感情的になりかねない、
ディーネは結果としてヴァルヴェと、ミケランジェロから守られたとはいえ
ミケランジェロに関しては
「間接的にクリスに殺されかけている」
まだまともに戦場にも、旅路にすら立っていない王女にとっては
今は刺激になり過ぎると判断したのだった。
「この町には昔住んでいたことがある。
俺はそのときの家に行く。
…用事があれば、その辺の人に場所を聞いてくれ。」
そう言って宿とは全く逆の方向へ消えていくクリス。
「へぇ…ここ、クリスの故郷なんだ。」
フィレンツェ。
小さすぎるが故か、帝国の的にもされない。
平和そのものの町。
ホークの頭の中に少しだけ違和感が残った。
「(フィレンツェ…黒い戦士…
もしかして…」
「どうした?」
「いや、何でもねーよ、
相変わらず協調性のない野郎だなーって思ってただけだ。」
とりあえず、宿のチェックインを済ませる。
前情報では町の西側の門を出れば、アクロ神殿へ行けるらしい。
しかし、それだけの情報で進むには危険だった。
各々更なる情報収集を兼ねて散策に入る。
帝国が世界侵略を始めて以降、住処を追いやられた、
本来この辺りに生息しない強力なモンスターが出現し始めた、
道中の野原に唯一、美しい花畑がある。
アクロ神殿へ向かうまでの最大の難所は巨大な吊り橋だ。
など、これからの旅路で役に立ちそうなものから
余り関係なさそうな情報まで集まってきた。
そんな中で話しかけた町民全員が口を揃えていた。
「ああ、アイツ、帰ってきたんだ。」
「アイツ…?クリスのことですか?」
「ああそうだ。
7年前にいきなり姿を消して、
どうなってんだか分からなかったが…」
「そう…なんですね…」
ほとんど全員のフィレンツェの人々がクリスの帰還に驚き、言及していた。
しかし、疑問だった。
「挨拶にきたんですか?」
港からクリスの住んでいたという家まで、一方向、
距離はどれだけあるか分からないが、
そんな限定的な状況で町民ほとんどにクリスの帰還が
知れ渡るものなのか?
噂もあるだろうが、
それにしては少し考えられない広まり方だった。
「いやいや。
この音だよ。聴こえないかい?
ピアノ。」
そういえば…
クリスと別れてしばらくしてから鳴っていた旋律。
街に流れるBGMかと思うくらい、
自然に溶け込んで馴染んでいた旋律。
しかし耳を傾けると、
それは美しいピアノの音。
そして…
「…悲しい…」
哀しい旋律。
「この曲はクリスのもんだ。
だから分かるんだよ、クリスが帰ってきたって。」
日が暮れるまで、ピアノの音は続いていた。
宿屋に戻り、ロビーで一旦休憩するホーク達。
ある程度の情報は集まった。
街を出て、荒野をひたすら西へ西へ、
そして途中にある林を抜ける、
このときに方向を見失わない。
とは言え、丘に向かう道中だから少し坂のある道を感じながら
抜けていけば問題はない。
そして、最大の難所が「大吊り橋」
ここを抜けて坂を上がっていけばアクロ神殿にたどり着ける。
ルートは定まった。
残りの時間で道具を揃え、一晩休んで明け方に出発。
翌日日が暮れる前に林の手前で一晩休み、
翌々日に林を攻略する。
漠然とした作戦はでてきた。
しかし、どうしてもピアノの音が頭から離れない。
「あの、もし…」
初老の男性が声をかけてきた。
「クリスのお知り合いですかな?」
「ええ、まぁ…そうですね。
一応、一緒に旅をしています。」
「なるほど!!
そうですか…!
…「一応」、ということは…
そういうことなんですね…」
落胆した表情を見せるが、
意を決したような表情を見せ、こう続ける。
「私はジョセフ。
クリスの保護者役をやっとりました。」
「!!」
「あの子は仮初と言うでしょう。
しかし、あの子の仲間なら、話しておかねばならないことがあると思いまして…」
ロビーから、食堂へ移動するホーク達とジョセフ。
「まずあの子は、私の子ではありません。
もともと、13才まで…東国にいたのです。
そこからこの街に引っ越してきました。一人で。
親からは「少し変わっているが、根はいい子」だと聞いて
私がこの街での保護者役を務めることになりました。
少し影を落としている少年でしたが、親が言う通り良い子でした。
真面目で、賢くて、意外と人懐っこい。
想像できないでしょう?」
「…正直言うと、ですね。」
レオンが答える。
「想像できない、ということは…
貴方が出会った頃の聡明な少年とは違う、
今のクリスの姿も知っているのですね?」
「ええ…」
「そして、その原因も…」
「はい…
これを話していいものか…
でも、いずれ知ることになるでしょう。
そして、仮にクリス本人が語らずとも、
クリスは打ち明けなければならない、
皆様は、知る必要がある。
だから…」
「教えてください。」
「クリスが14才になったばかりの頃、
クリスには恋人ができました。
名は「ティナ・ロックハート」。
活発で聡明な女の子でした。
クリスはその出会いと縁を喜んだ。
誰よりも、ティナを幸せにしようと、
ティナを守ろうとしたんです。
帝国の影はあったものの、
この街は平和でした。
クリスの幸せにしよう、守ろうとする意志さえ必要ないくらいに。
しかし、ある日、
ティナが帝国兵を連れて帰ってきたんです。
帝国兵は傷を負っていました。
もう、戦争は散々だと。
命からがら逃げてきたところをティナが救った。
そして、ティナはその帝国兵をかくまうように頼んだんです。
「もうこの人は帝国兵じゃない!
傷ついて、戦争の愚かさを知った、
ただの民間人よ!」
…よく覚えています。
数日後、街に火が放たれました。
火を放ったのは、追手の帝国ではなかった。
反帝国軍でした。
帝国の敗残兵がいると知って、
この街を襲ってきたのです。
そして…」
「もう…」
ディーネが耳を塞ぐ。
「元帝国兵を連れて逃げようとしたティナは見つかってしまい、
元兵士も殺され…」
「もうやめて!!!!」
顔を覆い、泣き崩れてしまう。
ホークも悔しさに唇を噛み、レオンとソフィアも神妙な面持ちでディーネをあやす。
「後は、お分かりだと思います…
その事件がきっかけで、
聡明な少年は闇に墜ちてしまいました…」
しばしの沈黙。
「…ってことは、それから今まで誰もアイツが何をしてたか知らないってわけか?」
「はい。
ただ、クリスが塞ぎこんでから一カ月くらい、不審な男がクリスの家を出入りしていたんです。
…確定ではありません。
これは、クリスを…あの子を正確に判断してほしいから。
その為の情報、仮説です。
恐らく、あの子は…」
「そこまでだ。」
ピアノの音は気づいたら止んでいた。
ダイニングの入り口にクリスが立っていた。
「クリス!!」
「ジョセフさん。
気持ちは分かる。
だが、ここまで来たら、
流石の俺も自分の口から言うよ。」
「いやだ…」
うずくまりながらディーネが囁く。
真実を知りたくない、のではない。
これからクリスの口から放たれる言葉、
それが“嘘であること”への懇願だった。
「俺は…
帝国第一特殊部隊。
元、『ナイト』だ。」




