第九話「あの丘へ」
「おはよう~…」
宿屋の前に集まったクリス、ホーク、レオン、ディーネ。
その4人の前に思い切り目の下に隈を作ったソフィアが現れる。
「そんなに寝れなかったのか…?」
付き合いも長い。
あれだけ感情をむき出しにした夜だ、
多少は眠れないだろうと懸念していたが…
「逆によく眠れたわね…
一応、今から本格的な旅だっていうのに…
…よし!!
まずは荒野から攻略ね!!」
気を取り直して喝を入れるソフィア。
「作戦という作戦ではないが、
今からの戦い方は先日のキングダム市街と違う。
今回のメインは、ディーネだ。
君は弓の心得があるんだったな?」
「はい!
幼い頃から、たしなんでいました。
とはいっても実践的なものではありませんが…」
「大丈夫大丈夫!
実戦の勘なんて一朝一夕で身に付くものじゃないから!
かといって、何もしなかったら一生身につかない。
安心して、私達がサポートするから!」
「そうだぜ!!それに、背中を預けられる仲間が増えると
俺にとっても心強いからな!!」
「ホークさん、ソフィアさん…」
「そうだ。防御は俺がやる。
防御というか、敵視は俺が取りつつ、ソフィアは攻撃に徹してくれ。
そして、ホークはディーネの守りに専念してほしい。
本来は元々のホークがタンク、俺とソフィアがアタッカーの方が効率はいいが
まずはディーネに慣れてもらわないと。
覚悟を決めて、ここにいるんだからな。」
「分かりました…頑張ります!」
「クリスは、そうだな。
好きに動いてくれ。
ただし、度が過ぎた単独行動はしないように頼む。」
「状況次第だな。
足手まといと感じたら、置いていくぞ。」
相変わらずの憎まれ口だったが、
一晩明けたせいか、
昨日よりも少し柔らかな雰囲気があった。
西門から荒野へ出る。
しばらく歩くとすぐにモンスターの群れがどこからともなく集まってきた。
ゴブリン、ウェアウルフは勿論、
大型の鳥、蛇やトカゲといった爬虫類型のモンスターと、
以前森の中で出くわしたモンスターとは一味違う顔ぶれだった。
その中でも最も厄介だったのがオーク。
ゴブリンと同じ獣人族だが、
何せ腕っぷしが強い上に知性もない為に何をしてくるか分からない。
「しかし、遅い。
ディーネ。
恐らく他の小型モンスターは的が小さい上にすばしっこいから、
矢を当てるのは難しいと思う。
倒せなくていい。
当てることだけに集中して、
オークを狙ってくれ。」
「勿論ヘイトはディーネに向くけど心配するな!
俺が盾になるからよ!!」
「わ、分かりました!」
次々と襲い来るモンスター。
安定のホーク、レオン、ソフィアの布陣。
ヴァルヴェとの敗戦を経験し、特にホークの剣筋は見違えるようだった。
ディーネは知っていた。
船の上でも、フィレンツェでも、
ホークがずっと一人で稽古をしていたことを。
強くなるためには努力しなければならない。
だから、今しかないこの一瞬を無駄にできない。
いつか、自分も誰かを守れるように。
レオンの指示通りオークを狙い続けるディーネ。
最初は外していたが、だんだんと命中率が向上していく。
当然、矢を受けたオークはいきり立ってディーネを狙ってくるが、
ホークの相変わらず堅牢な守りに阻まれる。
前方で小型モンスターを蹴散らし、
ディーネを守りながら隙を見てオークに強撃を叩きこんで屠るホーク。
厄介なのは飛行タイプのモンスターだった。
いかんせん攻撃が届かない上に素早い。
レオンとソフィアの魔法での追尾攻撃も効果はあるが、
流石に地上の敵を殲滅させながら上空の相手までは手に余る。
モンスターも一気呵成と見たか、
それとも野生の本能か。
絶対安全圏にあることを確信したかのように
全員に向かってくる。
しかし、瞬く間に切り裂かれていく。
クリスが立っていた。
「成程、このペースでは3日かかるな。
1日だ。
1日で神殿まで行くぞ。
王女様の成長など待ってられん。」
ホーク達が組んだ陣形の範囲内に入る上空からの敵を
全て完膚なきまでに斬り捨てるクリス。
改めて目を凝らして見ると、
その剣捌き、体捌き、全てが洗練されていた。
まるで、踊っているかのように、
旋律を奏でるかのような…
「強くなりたいのだろう?
なら、死ぬ気で着いてこい。
それが、覚悟だ。」
「は、はい!」
クリスの静かな圧力に息を吞みながら返事をするディーネ。
そして、その一言はホーク達にも伝わっていた。
好きにはなれない、尊敬もできない。
自暴自棄な感情に呑まれてしまった、と軽蔑さえしていた。
だが強い。
それが、自暴自棄でもあり当時の彼自身の「覚悟」によるものだと
この短期間で分かってしまった。
荒野を駆ける5人。
レオンとソフィアの負担が減っている。
ディーネの矢もやがて小型モンスターを射止めることができるようになっている。
ホークもディーネへの敵視をそこまで受けていない。
構図は変わっていなかった。
しかし、違和感を拭えなかった。
本来なら半日かけて荒野の先の林に辿り着く予定だったが、
数時間で林まで辿りついてしまった。
「あ、あれ?」
ソフィアがきょとんとした表情で漏らす。
「思った以上に早かったな…」
予想以上の進捗状況に呆気に取られてしまう。
そんな4人を尻目にクリスはスタスタと林の中へ入っていく。
「ちょ、ちょっと待って!
巻いたけど、一旦ここで休憩しない!?」
「荒野で野営する奴の神経が分からん。」
「何ですって!?」
「いや、クリスの言う通りだぜ…」
「ホーク!?」
少なくともソフィアにとってホークは
「クリス否定派」というところで連帯感を感じていたところがあった。
しかし、今のホークは万屋として、仲間を守るという立場で発言していた。
「荒野は一見、安全そうに見えるけど
いつ敵が襲ってくるか分からないという状況は
森の中だろうと、変わらねぇ。
むしろ、周りに何もなさすぎる。
その点、森や林ってのは
周りに何でもある、木材から食料まで。
いざというときは木の根っこから水分も補給できる。
野営で大事なのは、資材と飲食物なんだよ。」
「…なるほど…」
「だから、もう少し粘って、まぁ
そろそろ林を抜けるんじゃね?ってタイミングか、
ホントに疲れたタイミングで休憩してもいいんじゃねーかな?」
「…ぐぬぬぬぬ…
分かったわよ。
ホークの言うことも一理ある。」
そういってクリスの後を追うソフィア。
林の中は思った以上にモンスターの気配はなかった。
獲物がいないのだろう。
食物連鎖さえ存在しない閉ざされた木々の世界。
丘へと続く道と言うのもあって、何処か神秘的な様相すら呈していた。
「ところでよぉ…
カタストロフィ、って結局なんなんだ?」
「珍しいな、お前がそんなことを聞くなんて。」
「うるせーな…だって暇じゃねーか、ただ歩くだけだし。
ちょっと気になっただけだよ。
おめーの話じゃ、
2000年前に起きた天変地異のことだろ?
で、もしかしたら“誰かが引き起こした”っていう都市伝説まで。」
「それについては全く分かっていない…
ただ、それまで人類が築き上げてきた文明が全て崩壊した、
という事実だけが分かってる。」
珍しくソフィアが神妙な顔で答える。
「私はね、学生時代その、カタストロフィについて調べてたことがあったの。
結局、何も分からない…っていうか、いろんな説があり過ぎて、
要は、昔人類は滅んじゃいました、
でもそれでも希望を捨てませんでした、
だから今の私達の生活があるんですよ、っていう教訓みたいなもんだと
私は解釈してる。」
「ソフィアらしいな。」
そう語るソフィアを見て、レオンが言う。
「からかわないでよ。
でも、そんなもんじゃない?
もしかしたら、本当は滅亡なんかしてないかもしれない。
壮大な教訓のお伽話、って解釈もできるし。
…まぁ、どの道、アクロ神殿とやらに行ってみないと分かんないんじゃない?」
「分からねーかもしれねーし、
まぁ、もし何か掴めたら万々歳、って感じかい?」
カカカ、とホークが言う。
そうこうしているうちに木々の間から差し込む光がなくなってきた。
どうやら、夜らしい。
「ここいらで休むか。」
待ってましたと言わんばかりに
野営の準備に取り掛かるソフィア。
何だかんだで他の皆も疲れていたのだろう。
いそいそと準備を手伝い、すぐにミニキャンプが出来上がった。
食料も、街で買った肉があったし、野菜もあった。
食事の準備も万端になった途端、クリスがその場を離れる。
「余り飯は食べない主義でな。
俺は別の場所で先に寝させてもらう。」
「もう、あいつのあーいうところにも慣れてきたよな?
キャンプ飯、キャンプ飯、っと♪」
はしゃぐホークを見て苦笑するレオン。
そのままディーネに聞く。
「今日はどうだった?
初陣は。」
「…全然でした…
分かっていたんですが、
皆さんみたいに倒せなくて…」
「そりゃそうよ!
例えばだぜ?そこの天才魔術師って言われてる二人も、
最初から魔法が使えた訳じゃないんだぜ?
それに、そもそもディーネ、
お前さんだって最初から矢を飛ばせた訳じゃねーだろ?」
「そ、それはそうですけど…」
「大丈夫だって、それに、生きてる!!
それが一番だ!!」
「それは、皆さんが私を守ってくれたからで…!!」
「大丈夫大丈夫!!
いつか、お前さんも強くなれる、人を護れるようになれる!」
「…いつかじゃ、
駄目なんです…」
僅かに、夜風に流されそうな声だった。
聞き取れはしなかったが、ディーネの少し落ち込んだ表情を見て
ソフィアが明るく振る舞う。
野営ではあるが、これもディーネにとって初めての体験。
決して美味しいとは言えないし、これが非日常なのか、それとも日常なのか…
しかし仲間と笑顔を共有できる、
掛け替えのない時間を過ごすことができていた。




