第二話 ブルースでも聞こうか
「蓮クンさー、あとで車だして欲しーんだけど」
事務所で何やらハンマーをいじっていた冴が呟いた。
机の卓上カレンダーと預金通帳を見比べていた蓮が顔を上げる。
「んだよ。コンビニならすぐそこだろ」
蓮の返事に、冴は「チャッ」と猫の威嚇のような音を出す。
「マート行きたいんだよマート。見てよこれ」
と、ハンマーのヘッドを蓮に向ける。
「ここんとこハゲちゃってるし、柄のテープももーないんだよ」
ヘッドの端に巻いた派手なマスキングテープが千切れて、少し血でドス赤くなっていた。
冴が振り回すハンマーは、柄が木製で80センチほどと長く、ヘッドは金属になっている。
彼女は柄にピンクのグリップテープを巻き付け、ヘッドには色々とゴテゴテした飾りをつけている。
「可愛くていーじゃん」
とは彼女の談。
「俺の用事もついでに頼む」
ソファに寝そべり、アイマスクをつけたままの正晴が声を上げた。
「んだよ、寝てたんじゃねーのかセンセー」
「お前達が毎度のごとく騒がしいから目が覚めた」
「だったらもう事務所で昼寝は諦めるこったな」
蓮がポットから急須にお湯を注ぐと、冴が自分の湯呑みを差し出した。正晴はアイマスクを外しもせず、指で自分のコップを押しやる。
「お茶ぐらい自分で淹れやがれってんだ」
ブツブツと文句を言いながらも、蓮は二人にもお茶を淹れてやる。
「で? センセーの用事って何だよ」
「バランの30年を頼む」
「ふざけんな!」
蓮の叫びが窓を揺らし、外の倉庫がガタガタと揺れる。
外は曇り空。風は少し冷たく、そして強い。
冬はもう少し先だが、今日は上着が欲しいくらいの肌寒さだった。
「センセー、飲み過ぎは体に悪いよ?」
冴が正晴の頭側にちょこんと座り、額をつつく。
「心配されるほど飲んでない」
その手を正晴はうるさそうに払った。
「お前も飲んでみろ、美味さが分かる」
「あたしみせーねんだもん」
冴はニヤッと笑った。
「サイコパスのクセに妙に真面目なんだよなコイツ」
「ホメてくれてありがと」
「褒めてねーよ」
「ようやくこないだの謝礼が振り込まれたしな」
お茶をすすりながら蓮は通帳を摘んで見せる。
「けどバランは買わねーぞ。トリスで我慢しろよセンセー」
「心配するな」
と、正晴は懐から蛇革の財布を取り出した。
「足りん分は俺が自分で出す」
「全額出せよ!」
文句を言い合っている横で、冴が通帳を覗き込む。
「あれ? 意外と入ってるね。蓮クンビンボーそーなのに」
「誰が貧乏だ。謝礼と報奨金をあれだけ取ってるんだぜ? 小金持ちなんだよ、これでもな」
特殊死亡診断書を役所に提出すると、それが正規に書かれたものか審査され、審査が通ると特定清掃報奨金という名目の金銭が支払われる。
その金額、わずか10万。
「命をかけるには足らんと言った意味が分かったか?」
出会ってこの話を持ちかけた蓮に、正晴はつまらなさそうに呟いた。
自らの死の危険を犯し動き回る死体を沈黙させるという、医者としては禁忌とも言える行為。
それを行動に移す者は、はっきり言っていなかった。
「コイツが」
と、蓮は冴を指す。
「ゾンビを1分で壊す。あんたは同行して死因、状況、根拠を記入。かかっても10分ぐらいだろ。それで一回につき10万、依頼者からの謝礼は別だ。悪かねえだろ?」
蓮はニヤリと笑う。
「言っておくが俺はゾンビとやり合わんぞ」
出会ったばかりの正晴は、そう言って笑い返すのだった。
「金はともかく在庫がねーんだよ」
「ゾンビの?」
「人聞き悪いこと言うな。ありゃ保護だ、保護してやってんだよ」
「どの口がそれを言う」
戸棚から冴が和菓子のアソートを引っ張り出し、それを机にぶちまける。
蓮は最中を口に放り込んでから、机のファイルを出してきた。
「診断書が15枚しかねえ。コンスタントに依頼が入ってること考えると、またもらっておかねえとな」
「それにしても蓮クン、意外とキッチリしてるねー」
「お前らが何もしねーからだろ」
「何しろ言い出しっぺはお前だ。それぐらいはな」
正晴は栗まんじゅうをつまむと、包みを丸めてゴミ箱に放り投げた。
やたらと入った紙に弾かれた包みは、そのまま飛んでいって床に落ちる。正晴は軽いため息をついてそれを捨てた。
「ま、とにもかくにも役所行くぞ」
「マート」
冴が横目で睨んだ。
「わーってるって。おら、センセーも行くぞ」
正晴はしぶしぶソファから立ち上がり、スーツのシワを気持ち整えた。
冴が事務所から飛び出し、正晴がポケットに手を入れたまま続く。最後に蓮が靴のかかとを踏んだまま鍵をかけた。
事務所の外の階段は、三人が踏みしめる度に不景気な音を立て、グラグラ揺れる。
階段横にある倉庫からは不定期にゴトゴトと音が聞こえ、それに合わせて全体が揺れていた。
駐車場のボロい軽に乗り込みエンジンをかける。
「ガソリン入れるの忘れてたぜ」
二つまで減ったメモリを見ながら蓮がボヤいた。
「スタンドも行くの? めんどくさーい」
「だったらマートなしな。急を要するもんじゃねーだろ」
「ヤダ。デコハンマーかわいそーじゃん」
「かわいそう……ねえ」
少しだけ空回りしたタイヤが砂利を跳ね、カンカンと車体に当たる。
オンボロな軽はそれを気にもとめず、車体を震わせて狭い県道に出る。
「そうだな、ブルースでも聞こう」
正晴がラジオのチューニングを捻り局を合わせる。
少しの雑音がなり、そして気だるげなギターの音。ボトルネック奏法の音だ。
車は重く、心はそぞろ。
しかし誰も先のことなど心配していなかった。
ゾンビがそこそこ町を徘徊するようになったが、よくある映画のように日本は荒廃しなかった。
田舎の駅前のシャッター街が、全国規模で10倍程増えた。そんな程度である。
そしてもう一つ。
人々は情報を得るのにラジオを頼り、結果家電量販店でラジオの売れ行きが伸び、局や番組が少し増えた。
最初のパニックを乗り越えると娯楽チャンネルも増え、一日中特定のジャンルの音楽を流す番組も出てきた。
正晴がチューニングを合わせた局も、そうしたものの一つである。
「バーボンが飲みたくなるな」
「俺はビール」
「梅昆布茶買ってー」
お互いが好き勝手なことを言い合い、相手の意見などどこ吹く風。
そんな不協和音を乗せて、まあまあ冷たい風の中、腹ペコのオンボロ軽は走っていく。
「レギュラー満タン、ポイントカードあり、っと」
蓮がタッチパネルを操作し、冴がホースをタンクに突っ込む。
田舎の山間部などはともかく、町中のガソリンスタンドはそのほとんどがセルフ方式になった。
外で立っていてはゾンビに感知され襲われる。
もちろん廃業するところも多かったが、ゾンビがうろつく町中というのは車の需要は高いのである。
そのためガソリンの値段は少しばかり上がり、廃業しなかったスタンドはそこそこ儲かった。
「おごってやる」
自販機に行っていた正晴が缶コーヒーを二人に放った。
蓮は運転席でダルそうに受け取り、冴は片手でキャッチする。
「お、微糖だ」
「ブラックありがとー」
「あれだけ文句を言われりゃあ嫌でも覚える」
自身はカフェオレを飲みながら、正晴は助手席に滑り込む。車体が少し揺れる。
「蓮クンおっけー」
冴が後ろに乗り込んでヘッドレストをポフポフと叩く。
「んじゃあ行くか」
そして再び軽は走り出し、道路沿いの店のガラスに張り付いているゾンビを横目に去っていく。
「あったかーい」
ブラックコーヒーを満足そうに飲んで、冴はそう呟いた。
郊外にあるかなり大きめのホームセンター、『マモルマート』。
ゾンビの出現をきっかけに創業し、急成長を遂げた店だ。
創業者は「ゾンビと言えばホームセンター! 豊富な対策用品の品揃えはもちろん、いざという時の籠城先にもなります!」と大々的に、しかしいささか不謹慎な宣伝を行なった。
「あなたーを守ーるマモールーマートー」
などというヘンテコなテーマソングも自ら作曲し、店内ではいつもそれが流れ、頭にこびり付く者が続出した。
「実際守れるんだから何が幸いするか分からねえなあ」
蓮はボヤきつつ、入り口に近い場所に車を停めた。
この色々な意味でベタなものがウケたのか、それとも品揃え豊富なのが良かったのか、あるいは両方か、マモルマートはホームセンター界で異常な成長を遂げた。
今ではすっかり市民権を得、三人、特に冴のお気に入りの店になっている。
「テーピング見てくるー」
そう言って冴は駆け出していった。
「俺はなんかテキトーに工具とか探してくるか。センセーはどうする?」
「飲み食いできるものでも買ってくる」
そして三人はそれぞれ思い思いの方向に散っていった。
あなたを守る、というキャッチフレーズは伊達ではなく、店内は平和そのものである。
入口には少々仰々しいバリケードが築かれ、警戒杖を持った警備員が常に固めていた。
『車に戻ってる』
蓮はケータイで二人にメッセージを送り、車に乗り込んで座席を倒した。
一眠りしようと目を閉じ、雲の薄いところから差し込む光を心地いいと思った時だった。
気の抜けた着信音が鳴り響き、事務所への電話が転送されてくる。
「へいへいっと。はい、ゾンビ請け負いです」
蓮が気だるげに電話に出ると、相手が話しだした。
『ゾンビを殺してくれると聞いた。依頼をしたい』
「話さえまとまればいつでも。どこで話聞けばいい?」
蓮の横柄とも取れる態度に腹が立ったか、相手――壮年の男性は舌打ちした。
『うちに来てほしい。住所は中心区常水通2-2だ』
蓮は心で口笛を吹いた。
常水通と言えば豪邸の立ち並ぶ一等地。そこから来る切羽詰まっていそうな依頼など、まさに金の匂いがふんぷんである。
「了解したぜ。お名前は?」
『高羽だ』
「じゃあ高羽さん、30分後にそちらにお邪魔するよ」
蓮は電話を切ると、二人に向けてメッセージを送る。
『依頼だ。戻ってこい』
正晴からはいつものように返信はないが、既読はすぐにつく。何かあるときだけ返信するのが彼だ。
冴は怒りの顔文字を飛ばしてきた。どうやらまだ買い物が終わっていなかったらしい。
「しょーがねえだろ。俺だって役所に行けねえんだ」
蓮はボヤいてエンジンをかけた。
「まだシールとか選んでたのにさー」
後部座席で冴は不満たらたらだ。
「俺に言ったって意味ねえだろ」
「依頼の内容は?」
「聞いてない。とりあえず向こうの家で話聞いてからだ」
聞いた住所を地図で調べ、蓮は軽快に車を走らせる。
「じょーすいどーりってお金持ちいっぱいいるとこだよね。あそこにあるフルーツサンド美味しいんだよねー」
「帰りに買って帰るか」
少なくとも一般人にとっては危険なゾンビであるし、警察や自衛隊もそれなりの火力が使えないと制圧はかなり難しい。
しかし鈍器で寄ってたかって殴打するなど、公的機関ができるわけもない。そんな凄惨極まりない行為など国民に見せられるはずもない。
かくて警察も自衛隊もゾンビ相手にはあまり成果が上がらないのだった。
しかし三人にとっては大したことでもなく、少しATMに行って金を下ろす、そんな程度の気持ちだった。
「ここだな」
都会の閑静な住宅街にある大きな一軒家。
少し離れたパーキングに車を停め、三人は屋敷を見上げた。
門の横にある柱に付いているインターフォンを認め、正晴がそれを押す。
「脳死体生患者請け負いのものですが」
短く伝え、少しして門が開く。柱からはお進みくださいと声がかかる。
門から玄関までの間の小路はよく整えられており、刈り込まれた庭木の形は美しかった。
しかしあまりに調和が取れたその光景は、ゾンビがうろつく世界とはミスマッチで、蓮はなんとなく居心地が悪く感じた。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、品の良い、しかしくたびれた様子の女性がドアを開けた。年の頃は50ぐらいだろうか。
「主人の言っていた人達ね。どうぞ上がってください」
女性は先に立って進み、三人を応接間に通した。
お茶を出し、主人を呼んできますとその場を離れる。
「いーお茶だよこれ」
「確かに報酬が良さそうだな」
「内容次第だけどな」
冴はお茶を飲みお菓子をつまむ。正晴は窓から外を眺め眼鏡を拭く。蓮はソファにふんぞり返って足を組む。
それぞれが思い思いにくつろいでいると、しばらくして応接間の戸がやや乱暴に開いて、背の低い頭が涼しそうな男性が入ってきた。
年令は60歳頃だろう。
「私が高羽だ。まあ、よく来てくれた」
高羽は蓮の正面にドカッと座る。
蓮の横に冴が座り、そして後ろに正晴が立つ。
「依頼内容はゾンビの破壊でいいのか?」
「ああ」
短く相槌をうち、高羽はタバコを取り出した。
「どうしようか困ってたところ、都合よく動いてくれるという業者がいると聞いたんでな。警察じゃあ難しいし世間体もある」
白い煙が吐き出され、冴は露骨に咳き込んだ。
「おたくらもこんな事をしてるからには後ろ暗いんだろう? 報酬は出すからキッチリやってくれ」
高羽の物言いにカチンと来たか、冴は顔をしかめてみせる。しかし、真っ先に反論しそうな蓮が何も言わないので、正晴も冴えも黙っていた。
「内容によるな」
「親父がゾンビになった」
高羽は短く言った。
「それ自体はいい。しかし病院も役所も死亡が認められんときたもんだ。親父の相続もある、近所の目もある、一刻も早く片付けたい」
「なるほどな。ゾンビの破壊、特殊死亡診断書の発行が内容、と。そのゾンビはどの辺にいるんだ? 大まかな特徴と、その証明になるものがあれば持ち帰るから言ってくれ」
「その必要はない」
灰皿にタバコを押し付け、高羽は立ち上がった。
「二階の部屋に縛りつけてある。あんなものを野放しにしていては我が家の恥だからな」
歩き出そうとする彼に蓮が言う。
「じゃあなんだってあんた自分でやらないんだ?」
「おたくらは簡単に言うがな……、捕まえるだけで三人噛まれた。頭部を破壊するのだって感染の危険がある。その点業者ならこっちに危険はない」
高羽はアゴをしゃくって三人についてくるように言うと、さっさと応接間を出た。
目に見えて不機嫌になった冴はハンマーを意味もなく振り回す。幸い高羽邸は広く、冴がハンマーを振り回したところで何にも当たらない。
「ここだ」
二階の一番奥にある部屋を高羽は指した。
「ガタガタうるさいし危なくて構わん。やり方は全部任せるからとっとと片付けてくれ」
「分かりました」
正晴が進み出る。
「改めて確認します。日本脳死体生患者は、脳か臓器の大半を破壊しなければ停止しません。報酬は手続き料込みの50万。よろしいですか?」
「ああ、構わん。死亡届が出せればそれでいい」
高羽はうるさそうに手を振る。
「もう何もないな? 私は下にいるから終わったら報告に来てくれ。診断書も忘れるなよ」
それだけ言い残し、彼はさっさと階段を降りていった。
蓮は相変わらず黙ったまま、いや、少し笑顔すら浮かべてその部屋の戸を開けた。
部屋の中はひどく散らかっており、厚いカーテンがかかっているせいでうっすらとしか見えない。
冴が電気を付けると、部屋の奥にそれはあった。
ベッドに鎖でぐるぐる巻に縛られ、顔には何重にもラップを巻かれ暴れるゾンビ。
生前は身なりの良い老人だっただろうことは、その着ているガウンからも分かる。
「蓮クンさー、なんで笑ってんの? あたしムカついてしょーがないんだけど」
準備運動と言わんばかりにブンブンとハンマーを振り回す冴。
「いつもならなんのかんのと文句を垂れるからな、お前は」
壁にもたれかかり、正晴は高みの見物の構えである。
「俺がムカついてないと思ってるのかよ」
蓮は部屋の鍵を中から閉める。
「報酬が高いからか?」
正晴が聞くと蓮は首を振る。
「その点はありがたいけどな。あんなエラソーな奴にはちょっとばかりお仕置きをしてやらねえと思いついたんだよ。ま、まずは仕事だ。そこだけはキッチリやるぜ」
相変わらず鎖をガチャガチャと言わせ暴れるゾンビに近づき、冴はハンマーを構えた。
「今回は腹にしてくれ。心臓から腸までな」
「おっけー」
ゾンビの横に立つと、冴は床につけたヘッドを蹴り上げ、その勢いで頭上まで掲げる。暴力的な所作と、スカートから伸びた脚が美しい。
「んじゃおやすみ、おじーちゃん」
そしてそれを勢いそのまま振り下ろし、まずはゾンビの心臓を潰した。胸と口から血が溢れ、ガウンとベッド、ラップが血に染まる。
それをもう一度。
腹を完全に潰し、そこが赤黒い穴になるとゾンビは沈黙した。所々に黄色い脂肪が見え隠れする。
「いー感じにできたよ。デコハンマーほとんど汚れなかった」
満足そうに冴が笑う。
「さて」
正晴が壁から離れ、遺体となったゾンビを観察する。
特殊死亡診断書には、ゾンビが最終的に何によって停止し、どのような外傷を負ったのかを記入しなければならない。
なぜなら人としての死亡理由は、一律脳死体生ウィルスによるためなのだから。
「俺の役目は終わりだ」
ノーカーボン紙の診断書を書き終え、上を千切って蓮に渡す。
蓮はそれを特定環境清掃申請書とセットでファイルに挟み、写真を撮ってから上着を脱いだ。
「さてと、お仕置きの時間だ」
蓮は部屋中のタンスや引き出しを漁り、必要と思われるものを次々と引っ張り出す。
まずは遺体の服を着せ替えた。
生前はかなり洒落っ気のある人物だったようで、仕立ての良い服が次々と出てくる。
蓮はモーニングをそれに着せハットを被せた。
ついで両手を上げさせ、丈夫な紙を持たせた。その紙には「遺産相続おめでとう」と書き、ついでにハートをふんだんに散らす。
空洞になった身体にも同様に紙を入れ、「私がプレゼント」と書いた。
部屋中を服で飾りつけ、カーテンと窓を全開にし、電球が点滅するように仕込む。
窓にももちろん紙を貼り、近所の家から「ゾンビはいなくなりました」、「お騒がせしました」とデカデカと書いた文字が見えるようにした。
「こんなもんか」
改めて入り口から部屋を見ると、きらびやかな部屋で身なりの良い遺体がご機嫌なメッセージを掲げているという、奇妙奇天烈な仕上がりになっていた。
「俺が言うのもなんだけどな、親がゾンビになったってのに金金うるせえんだよ」
蓮が言うと正晴が薄く笑った。
「どっちかと言うと奴の態度のせいだろう」
「そりゃそうだ」
蓮と正晴が笑い合う横で、冴は呑気に「おじーちゃんかわいー」などと言っている。
「ともかく依頼自体は完璧にこなしたぞ」
三人は部屋を出て下に向かう。よく磨き上げられた床と階段の手すりが黒い光沢を放っている。
一階の書斎をノックすると、中から不景気な返事が返ってきた。
「邪魔するぜ、高羽さん」
「なんだ、もう終わったのか」
三人を気遣いもせず彼は言った。
気づかれないよう蓮は鼻で笑うと、診断書の原紙を渡し、写真を見せた。
「一応証拠だ。いっさい手は抜いてねえし、診断書もそのまま役所に持っていける」
写真を一瞥すると、高羽は満足そうに頷いた。
「これで相続の手続きも終わるな。ご苦労だった」
「死体の処理は俺らの領分じゃねえからな、葬儀屋にでも頼んでくれ」
「ああ」
高羽は机にあった封筒に手を伸ばすと、正晴に手渡した。
「50万だったな。少々高いが背に腹は代えられん。持っていけ」
その場で札束を出し、正晴はすべて確認した。
「確かに」
「これですべて終了だ。じゃあまたのご依頼、お待ちしてるぜ」
蓮は二人を突っついて外に促す。高羽がゾンビの部屋に入る前に出なければ、激怒した彼が依頼料を取り返すかも知れないからだ。
外に出ると、雲の合間から天使の梯子が差し込んでいる。
「じーさんへの天国の階段ってわけだ」
「蓮クンには似合わないなー」
「詐欺師だからな」
ワイワイと騒ぎながらパーキングへ行き、そしてエンジンをかける。
「フルーツサンド寄ってー」
「へいへい。ちゃんと働いたし、それぐらいは行ってやるさ」
ウインカーが寂れた音を出し、軽の足取りも軽く走り出す。目指すはフルーツサンド、糖分が欲しいところだ。
その時、蓮のケータイがけたたましい音を鳴らした。
「お? 依頼か?」
画面を開くと、蓮は何も言わず着信拒否し、そしてブロックした。
「飾り付けがお気に召したようだな」
正晴がリクライニングを倒し、ダッシュボードに足を乗せる。
「ざまあねえぜ」
ハンドルを握り直し、窓を開ける。
「さむーい」
冴が文句を言うが、蓮はそのまましばらく走った。
「熱いコーヒーでも買っていくか」
ボソッと蓮は呟いた。




