第九話:雑用係と、裏の薬師
翌日から、ぼくの薬師院での生活が始まった。役割は「雑用係」であり「学徒」ではない。日中は清潔なホールや廊下の掃除、使用済みの蒸留器を磨き上げる作業に追われた。
正規の見習い薬師たちは皆、ぼくを一瞥するだけで、会話を交わすことはなかった。彼らの白衣はいつも新品のように清潔で、その手の動きは迷いがない。彼らが炉の前で調合を行う姿は、まるで儀式のようだった。
ライオスだけは、時折ぼくに話しかけてきたが、その言葉には常に山の薬師に対する優越感が滲んでいた。言葉の節々に、王都の薬師院としてのプライドが見え隠れしている。
「アレン君、この蒸留器は構造が複雑でしょう? 君の村の素朴なものとは違います」
「ええ、驚きました」
ライオスは、ぼくの反応を満足げに見てから、静かな口調で続けた。
「君のような外部から来られた方が『生命の露』のような特殊な薬に興味を持つのは理解できます」
ぼくは、その言葉に思わず顔を上げた。
「──ですが、それは過去の話です。その製法は、強い副作用の可能性が発覚したため、院の歴史上、公式に封印された禁忌の欠陥品と位置づけられています。院の薬学とは何の関係もありません」
ライオスの言葉は、ぼくの胸に突き刺さった。ぼくが求めている薬が、院では「禁忌の欠陥品」として扱われているという事実に……。
「ああ……それと」
「はい」
「君がここにいるのは、その……君が助けたという子供の親、つまり貴族への『配慮』です。正規の薬師が使う知識には、君の『経験』は不要だということを忘れないようにしてください」
彼はそう言って、ぼくが尋ねる隙さえ与えずに去っていった。
ぼくは自分の無知を突きつけられるたび、王都に来た目的を強く思い出した。知識を学ぶこと。しかし正規の門は固く閉ざされている。
ぼくは、雑用係なのだ……。
夜になると、ぼくは与えられた唯一の自由である「裏側の研究」を始めた。それはクロイツ院長から言い渡された「禁忌の薬草による、心の病の薬の試作」
ぼくの仕事場は、前回ライオスに案内された日陰の裏庭にある古い棚のそばだった。
そこには、村では見たこともない奇妙な薬草が並んでいる。どれも陽の光を嫌うかのように陰鬱な色をしていた。
師匠・ゲルマンの言った言葉を、もう一度頭の中で反芻する。
『薬師の最高の知識は、王都の光の下だけに存在するわけじゃない。お前が一度目に見えなかったものを、二度目の旅で探し出してこい』
王都の「光」とは、この院の正規の知識であり、清潔な炉であり、磨かれた蒸留器のことだろう。そして師匠が言った「一度目に見えなかったもの」とは、この裏庭にある影の棚のことではないか?
この裏庭に、ひっそりと隠された小さな炉を見つけた。使われていないようで、埃をかぶっている。
ぼくは、その棚の薬草を一つ取り火を焚いた。乾燥が不十分で煙が多く出る。その匂いは村で嗅いだどの薬とも違い、苦さと同時に深い闇のような感覚を伴っていた。
この裏の薬草が、王都の光を浴びた貴族たちの「心の病」に効くのかもしれない。
ぼくは、この裏の炉と影の棚こそが、王都で唯一ぼくを「薬師」にしてくれる場所だと直感した。
正規の道を閉ざされても、ぼくは師匠の謎かけを解くために、この「影の道」を進むしかなかった。ぼくの二度目の旅は、王都の光を避けるように、裏側から静かに始まったのだ。




