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第七話:果たされた目的と、残された業

旅から戻ったぼくは、すぐに『生命の露』をゲルマンに与えた。それは予想外に、透明で何の匂いもない液体だった。


「これを飲むのか?」


ゲルマンは怪訝な顔をしたが、ぼくの必死な表情を見て、何も言わずに一気に飲み干した。


生命の露の効能は劇的だった。


服用から一週間も経たないうちに、ゲルマンを長らく苦しめていた咳と微熱は跡形もなく消えた。顔色に生気が戻り、庭の薬草の手入れや薪割りを再開するゲルマンの姿は、以前よりも健康そうにさえ見えた。


「ありがとう。アレン」


ゲルマンは炉の前で、久しぶりに心地よさそうに笑った。


ぼくは心底安堵した。ゲルマンを助けるという最初の目的は達成された。

これで満足なはずなのに……。

しかし、ぼくの心には王都で見た光景と、門で断じられた無念が影を落としていた。



ウィンの村に春が訪れ、山々が緑に染まり始める頃、ゲルマンは完全に回復していたが、今度はぼくの様子がおかしくなった。炉の火加減を誤り、調合の手つきもどこか上の空だ。


ある日の夕食時。ゲルマンは煮込み料理の椀を差し出しながら、静かに言った。


「アレン。最近、お前は元気がないな」


ぼくは顔を上げた。


「そんなことは……ありません」


「嘘をつけ。お前の薬草の扱いは、おれの体調より正直だ」


ゲルマンは椀を置き、真剣な目になった。


「王都はどうだった? あの薬師院は」


ぼくは、門番に追い返されたこと、王都で体験した処置のこと、そして最終的に門が開いた劇的な瞬間を話した。ぼくは薬師院の設備の素晴らしさや、そこで働く薬師たちの持つ知識の正確さについて、興奮気味に語った。


「彼らは、ぼくが想像もできない速さで、何種類もの薬を一気に精製するんです。あれを見たとき、この村の知識だけでは、いざという時に誰も救えないと痛感しました」


話し終えると、ぼくは再び俯いた。


「生命の露を持ち帰るのが、ぼくの目的でした。だから、もう王都に行く用事はないはずなんですが……」


ぼくの言葉は途切れ途切れだった。


ゲルマンは、ぼくのことをじっと見つめていた。そして静かに立ち上がり、ぼさぼさの頭を優しく撫でた。


「そうか。おれを助けたいというお前の目的は、もう果たされた。だが、お前の薬師としての目的は、まだ果たされていないんだろう?」


ぼくは目を見開いた。


「腕を磨いてみたい。もっと大きな場所で、自分の限界を試してみたい。それができないと分かっているのに、心が王都に囚われている。違うか?」


ぼくは言葉に詰まり、唇を噛んだ。


「……はい」


「おれを助けたい、という動機は、薬師の最初の一歩としては最高だ」


ゲルマンは穏やかに言った。


「だが、その後は違う。薬師というのはな、自分の知識を限界まで試したいと願う、業のようなものを持つ仕事だ。お前は今、その業に取り憑かれている」


ゲルマンは炉の炎を見つめた。


「行け、アレン。おれはおかげさまで元気になった。もう、お前の足を引っ張る者はいない。王都へ行って、お前の見たかったものを、お前の望むだけ学んできなさい」


「師匠……でも、師匠を一人に……」


「おれは薬師だ。このウィンの村の薬草が、おれの命を繋いでいる。心配するな」


ゲルマンは力強く笑った。


「ただし、忘れるなよ。薬師の最高の知識は、王都の光の下だけに存在するわけじゃない。お前が一度目に見えなかったものを、二度目の旅で探し出してきなさい」


その言葉は、まるで謎かけのようだった。

ぼくはゲルマンの顔を見て、決意を固めた。


「はい!行ってきます。今度は、誰かを救うためだけでなく、最高の薬師になるために」


数日後。


ぼくは再び馬車に揺られていた。

ウィンの村の春の光が、背後で遠ざかっていく。


今回の荷物には、師匠・ゲルマンの病を救うための焦燥はなかった。代わりにあったのは、自分の可能性を探りたいという強い高揚感だった。


王都。あの場所で、ぼくが本当に得るべきものとは何だろう?


ぼくは王都の門の先に、新しい挑戦と、そしてまだ知らぬ大きな真実なにかが待っていることを予感していた。

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