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第五話:王都の門の前で

薬師院の門は、想像していたよりも遥かに高かった。重厚な石造りの壁が、空の果てまで続いているように見える。門の両側には、磨き抜かれた鎧を着た兵士が二人、無言で立っていた。


ぼくは深く息を吸い込み、一歩前へ出た。

さて……なんて言って切り出そうか?


「すみません! 地方の薬師なんですが──、見学だけでも」


「推薦状は?」


「……ありません」


「ならば、速やかに立ち去れ」


ぴしゃりと切り捨てるような、冷たい声。

これで終わりだ。


取り付く島もない……。


この門は、ぼくのような名もない見習い薬師には、あまりに堅固な権威の壁だ。

ここで感情的になり食い下がっても、ゲルマンの容態を考えると、残された時間はあまり長くはない。これ以上は時間を無駄にするだけだと思った。


ぼくは、どうにかして、院に関わる人間に接触する次の手段はないかと、一旦門を離れて、作戦を練ることにした。


広場の方へ歩く。人、馬、荷車でごった返している。王都の空気は、村とは比べ物にならないほどせわしなかった。

腰を下ろして少し休んでいると、薬師院の方から、悲鳴にも似た切羽詰まった声が上がった。


「だれか! 助けてくれ! 子どもが倒れた!」


ぼくは反射的に立ち上がった。

駆けつけると、小さな男の子が石畳の上にぐったりと横たわっている。ぼくはその少年の頬に触れた。

顔は熱く真っ赤になっているのに、額にはまったく汗が浮かんでいない。


「熱中症……? いや、違う、呼吸が浅すぎる」


そばにいた女性が、顔を真っ青にして叫んだ。


「薬師を呼んで! 誰か早く!」


「待ってください」


ぼくは彼女の手を制した。


「ぼくが、少しだけ診ます」


ざわめく人々の輪の中で、ひざをつく。

子どもの手首を取ると、脈は速いものの、どこか空回りしているように弱々しい。舌の色は白く濁っている。これは食あたりか、あるいは毒草を誤食した可能性が高い。


「水はありますか?」


「これを!」


誰かが差し出した皮袋を受け取る。

容態を見る限り、この子どもが直接水を飲むことは難しいだろう。そう思ったぼくは、腰の袋から、あらかじめ乾かしておいた草を一枚取り出し、すばやく水に浸した。


「『白骨草』胃の痙攣を抑えるんです。ほんの数滴だけ飲ませます」


草を軽く絞り、子どもの口に数滴の汁を落とす。数回ゆっくりと呼吸の間に、静寂が流れた。その後、子どもの胸がわずかに深く上下しはじめた。


息づかいが安定していく。

安堵の声があちこちから漏れた。


「助かったのか?」


「この子、動いたぞ……!」


ぼくはゆっくりと息を吐いた。

緊張が解けた瞬間、自分の手がわずかに震えていたことに気がついた。


「迷ったら、息を見ろ」というゲルマン教えが、無意識の内に染みついていて、咄嗟に身体を突き動かしたのだ。


「すごい……君、本当に薬師なの?」


「まだ半人前です。山の村で、師匠に少しだけ教わっただけです」


そのとき、薬師院の門から、白い清潔な服を着た見習い薬師たしき人物が駆けてきた。


「どいてください、患者はどこです!」


彼はぼくの手元の処置を見た瞬間、驚きに見開かれた目をした。


「この正確な処置……あなたがやったのか?」


「えっと、たまたま通りかかったので……」


ぼくは少年を抱きかかえ、薬師院の中へ運んだ。去り際に見習い薬師の彼は、足を止めて振り返りつつ、ぼくにこう尋ねた。


「──お名前を、聞いてもよろしいですか?」


「アレンです」


ぼくが答えると、見習いは一つ頷き、駆け去った。

広場の人々の視線が一斉にぼくに集まる。なんだか、暑くもないのに頬が熱くなった。


周囲の人々に声をかけられ、それがひと段落した時、薬師院の門の上から、どこか権威的な響きのある声がした。


「──アレンといったな。待て。上の者が、話を聞きたがっている」


振り返ると、門を守っていたはずの兵士が、こちらに手招きをしている。ぼくは息をのんだ。

重々しい石の門が、軋む音を立てて、ゆっくりと内側へ開いていく。

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