第四話:旅路の始まり
外は、薄い靄に包まれていた。
馬車の車輪が、凍てついた道をきしませるたび、冷えた風が頬を鋭く刺す。
「……王都まで、あとどれくらいなんだろう」
思わず口に出しても、返事はない。
手綱を握るぼくの隣には、もう師匠・ゲルマンの姿はなかった。
何度も思い返す。
必死に薬を作ったが、どれも師匠の病には効かなかった。
もしあの時、ゲルマンの体調が悪くなりはじめた、あの時に。もっと早く、もっと確かな知識を持っていたら。そう考えるたび、手綱を握る指先に無意識に力が入った。
「……ぼくは、まだ、遠いんだな」
吐いた息が冷たく、そのまま白く空気に溶けていった。
荷台の後ろには、ゲルマンが使っていた毛布と、乾かした薬草の束。そして、ぼくが何度も読み返した、かすれかけた師匠・ゲルマンのノートがある。 風にページがめくれて、その筆跡が目に入った。
たった一言だけ。
『ただ、手を止めるな!』
単純なその言葉、一言だけが書かあるページを見つけた。しかし太字で書かれてあった。
師匠はその言葉だけを書くために、一ページ丸々使っていたのだ。その時どんな状況で、そして、なにがあったんだろう──。
「生命の露……」
師匠がうわ言のように呟いた言葉も、まだ耳に残っている。
それについては、村の長老に聞いた。すると「それは王都の薬師院で扱われる秘薬だ」と教えてくれた。
王都。行く理由は、それだけで十分だった。
*
途中、行商の男と道ですれ違った。
荷車の上に積まれた果物や布が風に揺れている。
「王都を目指してるのかい、坊主? あそこはとんでもなく賑やかだぞ」
男は豪快に笑いながら言った。
「はい……薬師院を、探しています」
「ほぉ、薬師か。あそこは薬師の町みたいなもんだ。引く手数多だ。ただ、貴族や院付きの連中は別格でな。だから腕があっても、外の者が中に入るのは骨が折れるらしいぜ」
「そうですか……」
笑って答えたが、心の中では少し引っかかった。薬師が多いのに、外の者が入れないのはなぜだろう? その矛盾の意味を、今のぼくはまだ知らなかった。
夕方になり馬車を止め、焚き火を起こす。燃える木の音と、乾いた草の香りが夜風に混ざる。
「……ぼくは進むだけだ」
静かに手を合わせて、目を閉じる。この旅は、師匠の命を救うためのもの。だがきっとそれだけではないような予感もしている。
ぼくが、誤薬の日の罪を乗り越えて、今まさに、本当の薬師になるための旅でもあるのかもしれない──と。




