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第四話:旅路の始まり

外は、薄い靄に包まれていた。

馬車の車輪が、凍てついた道をきしませるたび、冷えた風が頬を鋭く刺す。


「……王都まで、あとどれくらいなんだろう」


思わず口に出しても、返事はない。

手綱を握るぼくの隣には、もう師匠・ゲルマンの姿はなかった。


何度も思い返す。


必死に薬を作ったが、どれも師匠の病には効かなかった。

もしあの時、ゲルマンの体調が悪くなりはじめた、あの時に。もっと早く、もっと確かな知識を持っていたら。そう考えるたび、手綱を握る指先に無意識に力が入った。


「……ぼくは、まだ、遠いんだな」


吐いた息が冷たく、そのまま白く空気に溶けていった。


荷台の後ろには、ゲルマンが使っていた毛布と、乾かした薬草の束。そして、ぼくが何度も読み返した、かすれかけた師匠・ゲルマンのノートがある。 風にページがめくれて、その筆跡が目に入った。


たった一言だけ。


『ただ、手を止めるな!』


単純なその言葉、一言だけが書かあるページを見つけた。しかし太字で書かれてあった。

師匠はその言葉だけを書くために、一ページ丸々使っていたのだ。その時どんな状況で、そして、なにがあったんだろう──。


「生命の露……」


師匠がうわ言のように呟いた言葉も、まだ耳に残っている。


それについては、村の長老に聞いた。すると「それは王都の薬師院で扱われる秘薬だ」と教えてくれた。


王都。行く理由は、それだけで十分だった。



途中、行商の男と道ですれ違った。

荷車の上に積まれた果物や布が風に揺れている。


「王都を目指してるのかい、坊主? あそこはとんでもなく賑やかだぞ」


男は豪快に笑いながら言った。


「はい……薬師院を、探しています」


「ほぉ、薬師か。あそこは薬師の町みたいなもんだ。引く手数多だ。ただ、貴族や院付きの連中は別格でな。だから腕があっても、外の者が中に入るのは骨が折れるらしいぜ」


「そうですか……」


笑って答えたが、心の中では少し引っかかった。薬師が多いのに、外の者が入れないのはなぜだろう? その矛盾の意味を、今のぼくはまだ知らなかった。


夕方になり馬車を止め、焚き火を起こす。燃える木の音と、乾いた草の香りが夜風に混ざる。


「……ぼくは進むだけだ」


静かに手を合わせて、目を閉じる。この旅は、師匠の命を救うためのもの。だがきっとそれだけではないような予感もしている。


ぼくが、誤薬の日の罪を乗り越えて、今まさに、本当の薬師になるための旅でもあるのかもしれない──と。

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