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第二十九話:真の『生命の露』

「アレン! どこだ!」


秘密の階段を駆け上がってくるライオスの足音は、怒りに駆られていた。足音は迷うことなく老師の部屋の前で止まった。


次の瞬間、扉が乱暴に開け放たれた。


ライオスの目は、石の乳鉢の前に立つぼくと、その隣で静かに座る老師を捉えた。

その視線が、老師に注がれた。


「やはり、噂は本当だったか。あなたは……数年前に院から追放された、裏の薬師」


ライオスは怒りよりも深い裏切りに顔を歪ませた。

老師は、静かにライオスを迎え入れた。


「規律の番人よ。お前がその規律を破って、ここに辿り着くとはな。お前が本当に守りたかったのは、薬師院の権威か? それともお前の信じる薬学そのものか?」


ライオスはその問いに答えず、次に視線を乳鉢に移した。乳鉢の中には金色と紫色の光を帯びた透明な液体が僅かに残っている。そして、その横には虹色に輝く『星詠の石』が置かれていた。


「それが、裏で作り上げた院を汚す毒か。貴族を惑わし、院の信用を貶める影の薬だな!」


ライオスは、ぼくを責めるように一歩一歩詰め寄ってきた。


「貴様は私的な感情で院の秩序を乱し、この裏切り者と手を組んだ。院長の命令など関係ない。今すぐそれを破壊し、私と共に院へ戻るんだ!」


ぼくは、完成したばかりの真の『生命の露』を、小さなガラス瓶に慎重に移し替えながらライオスに向き直った。


「これは、あなたが恐れる毒ではありません。そして、あなたが見て見ぬふりをしていた貴族の病を、真に治すことができる唯一の薬です」


液体は完璧に澄み、ぼくの意志に応えるように静かに輝いていた。


「これはクロイツ院長が恐れて封印した『生命の露』です。でも、ぼくはその“制御不能”とされた部分を克服しました」


ライオスは言葉を失ったように眉をひそめる。


「……制御不能? 院長は、そんな理由で封印したと……?」


「そうです。クロイツ院長は『生命の露』を封印しました。しかし、それは己の“野心や私欲が削がれ、心が変質する危険がある”──それを“魂の犠牲”と呼んでたんです」


「……なに?」


ライオスは明らかに動揺した。


「そんな話、私は聞いていない……!」


老師が静かに口を開いた。


「ライオス……。クロイツは己の私欲を守るため、術者の心の浄化という真実を『残酷な犠牲』だと、お前たちに嘘を教えたのだ。お前はそれに気づかず、クロイツの私欲を守る番犬となり果てた」


ライオスは、ぼくと老師の間に立ち、怒りに満ちた手で『星詠の石』を掴もうとした。


「私が、この悪しき薬の根源を断つ!」


その瞬間、ぼくはライオスの動きを上回る速さで、乳鉢に残っていた薬草の残骸をライオスの顔に向けて投げつけた。


ライオスは反射的に目を閉じた。その隙に、ぼくは完成したばかりの生命の露の瓶を懐にしまい外へ飛び出した。


「待て、アレン!」


ライオスの怒鳴り声が背後から響く。


ぼくは生命の露を完成させた。残る課題はただ一つ。この究極の薬を、王都の最高権威であるクロイツ院長の目の前で、効果を証明することだ。


ぼくの目指す先は、薬師院の心臓部、院長室だ。

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