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第二十六話:星詠の石

深夜。大調合室の奥にある特級貯蔵室の分厚い鉄の扉の前に、ぼくは立っていた。周囲の空気は冷たく、静寂が張り詰めている。


認証システムは、声紋と指紋の複合認証。イシュトの情報で、認証システムが湿度や温度の急激な変化に弱いという。


ぼくは、懐から取り出したごく少量の『熱生薬ねつせいやく』と、特定の液体を混ぜ合わせた。この薬草は瞬間的に強い蒸気を発生させ、その周囲の空気の温度と湿度を急激に上げることができる。


ぼくは、その混合物を認証盤のセンサー周りの小さな排気口に向けて噴霧した。


シューッ、という微かな音と共に、センサー周辺の空気が瞬間的に熱を帯び、湿度が跳ね上がった。


直後、認証盤のランプが激しく点滅し、エラー音が鳴り響いた。


「環境異常を検知。声紋認証システムを一時停止します。指紋認証に切り替えてください」


認証システムは、環境の変化に対応できず、最も厳重な声紋認証を一時的にバイパスした。


次に、指紋認証だ。


ぼくは手の指に特殊な粉末をつけ、上級薬師の認証時の『拭き跡』のパターンを模倣するように、指紋読み取り部を素早く滑らせた。


カチリ、と小さな音が鳴り、ランプが緑に変わる。


「指紋認証─解除」


特級貯蔵室の分厚い鉄の扉が、ゆっくりと重い音を立てて開いた。


部屋の中は湿度が低く管理され、土と金属が混ざったような重い匂いが漂っていた。部屋には古代の文献が並ぶ棚と、特殊なガラスケースに収められた、数多くの鉱物が整然と並べられている。


ぼくは老師の製法図に記された『特定の鉱物』すなわち生命の露の暴走を制御するための鉱石を探した。


部屋の中央にある最も厳重なガラスケースの中に、その鉱物を見つけた。


それは、まるで凍った水滴がそのまま結晶になったかのような、透明度の高い六角形の鉱石だった。光を当てると虹色に瞬き、触れずとも微かな振動が伝わってくる。これが生命の露の魂の波を制御するための──。


星詠せいえいいし』だ。


ぼくはガラスケースの鍵を細工し、慎重に鉱石を取り出した。手のひらに載せると、その冷たさが意識を鎮めるような、不思議な感覚に包まれた。


その時、鉱石が入っていたケースの台座の下に、もう一枚の羊皮紙が隠されているのを見つけた。それはクロイツ院長の走り書きではなく、整然とした筆跡で記された生命の露の製法図の『最終ページ』だった。


そこには製法の核心ではなく、薬を完成させた後の『調律の儀式』の具体的な手順が書かれていた。


「完成した露を、月の光の下、特級貯蔵室の精製炉の石の台座に戻し、術者の魂を■■させることで力の暴走を防ぎ、真の浄化を達成する」


一部は意図的に消されいた。


きっとクロイツ院長が、この最終ページを切り離し、ここに永遠に封印したのだ。


ぼくは『星詠の石』と『調律の儀式の最終ページ』を懐に隠し、音を立てないよう特級貯蔵室の扉を閉め、認証システムを元の状態に戻した。

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