第二十五話:制御鉱物と仕組まれた罠
「その鉱物は、院のどこにありますか?」
「クロイツが製法を封じた時、恐らくは院の心臓部──地下の特級貯蔵室に隠したはずだ」
「特級貯蔵室……」
特級貯蔵室へ立ち入りが許されるのは、クロイツ院長、イシュト、そしてごく一部の上級薬師のみだ。ライオスですら容易には近づけない。
そんな場所に潜入する……。
ぼくは内心ではあみれ果てていた。ちまちま小出しにせずに、一気に教えてよ! そう不満をぶちまけたいくらいだ──。
「どうした? アレン」
「……」
「なにか不満があるのか?」
「いえ……なにも」
特級貯蔵室は基本的に外部からのアクセスは不可能だ。唯一の通れる場所といえば──大調合室の奥にある厳重な鉄の扉だけ。
そこは、ライオスが最も頻繁に出入りする場所ではあるが。
潜入するとしたら、唯一のチャンスは、上級の見習い薬師たちが調合を終え、器具の洗浄に入る夜半の短い時間しかない。
鍵を使わない指紋認証や、特殊な錠前であれば、それを欺く術を考えなければならない。
ぼくは考えに考えた末、出した結論は、イシュトを利用する方法だ。それもイシュトの方からこちらへ出向いてくるよう仕向けることが出来れば、それが一番自然だと思った。
◇
数日後。案の定イシュトほ方から、ぼくの裏の炉へ慌てた様子でやってきた。彼の顔は、貴族からの催促に晒されていることを物語っていた。
「アレン君、申し訳ないが『微睡みの雫』の追加調合を急いでくれ。院長も非常に神経質になっている」
(かかったな……)
ここ数日、クロイツ院長に届ける『微睡みの雫』の調合をあえて少量にしたのだ。案の定、追加の調合を要求するため、クロイツ院長は、ぼくの元へイシュトをよこした。
「量が足りないという報告が、昨晩から絶えなくてね。悪いが急かされてるんだよ」
ぼくは、調合中の乳鉢から目を上げずに答えた。
「それは承知していますが、最近、院内で妙な混乱がありましてね……」
「混乱? 何のことだ」イシュトは警戒した。
「ここ数日、特定の調合設備の清掃に遅れています。大調合室の奥にある扉の周辺設備ですが、洗浄が不完全だと調合の精度が落ちます」
ぼくは、取るに足らないほんの些細な噂を、さも大げさに持ち出して情報操作した。ぼくの言葉にイシュトは、一気に顔色を変えた。
「大調合室の奥の扉? そこは特級貯蔵室の入り口だ。そこが汚れているなんて、ありえない! ……見習い薬師の不手際か?」
「その扉は、最近、認証システムが頻繁にエラーを起こしているようですね。あれは指紋認証でしたか? それとも音声?」
ぼくが、さりげなく質問を投じると、イシュトは周囲を警戒するように声を潜めた。
「あれは、院長と上級薬師数名が登録した声紋認証と、指紋認証の複合システムだ。だがエラーの原因は洗浄の遅れではない」
”声紋と指紋の複合認証”
「では、なにが理由ですか?」
「最近クロイツ院長が、登録を解除した上級薬師がいたんだ。それで院長は解除した薬師が機密情報にアクセスできないように……」
焦りからかイシュトは、ぼくが必要な情報をあっさり提供してしまった。そして最近解除された上級薬師がいることまで、ぼくに教えてしまった。
「分かりました。ですが一応念のため、洗浄の際にその認証システム周辺を徹底的に磨き上げておきます。効率回復のためですから」
ぼくはそう言って、イシュトを納得させた。
イシュトとの会話を終え、大調合室の掃除に向かう途中、入り口付近でライオスと鉢合わせた。彼は調合を終えたばかりのようで、白衣の袖をまくり上げている。
「何をニヤついている、雑用係」
ライオスは、ぼくの顔を見て、すぐに怠絡みしてきた。
「大調合室の奥の扉周辺の清掃に向かいます。奥の特級貯蔵室の扉の認証がエラーを起こしているそうです」
「余計な口を利くな! それは君の仕事ではない。それに、エラーの原因は洗浄不足ではない。機密に関わることだ」
ライオスは、ぼくが院の機密にまで手を伸ばしていることに苛立ちを隠せないでいた。
「光の薬師は機密を扱うのに精一杯で、足元の清潔も保てないのですか? 院の規律が泣いていますよ」
ぼくは、規律男のライオスを軽く挑発した。
「いいか、アレン。その扉に触れるな。君がその鍵に近づくような行為を見せたら、院長の命令があろうと、私は規律の敵として容赦しない」
「ご心配なく。ぼくの興味は床の汚れだけです」
ライオスの意識を「扉の施錠そのもの」から「ぼくが扉に触れるかどうか」の方へ、意識を逸らしてやった。
これで、情報も、監視の死角も手に入った。夜半、大調合室が静まり返る時、ぼくはイシュトから得た情報と、老師の知恵を使って、声紋認証の壁を破り『特定の鉱物』が眠る特級貯蔵室へ潜入する。




