第二十四話:ひそやかな決断
翌日の日中、院内の廊下で雑用をしていると、訝し気な顔でライオスが近づいてきた。
彼の顔には、あの日、裏の小路で何も得られなかった焦燥と、ぼくを排除できなかった怒りが複雑に混ざり合っていた。
「あの陽動は、君が仕組んだ罠だったんだな」
彼の言葉は問いかけではなく、断定的な響きがあった。
「私は、あの日、院の規律を破って裏の小路へ行った。君の薬の製法が、あの忌まわしい闇の薬問屋と繋がっていると確信したからだ。だが何も見つからなかった……」
きっと、あの夜の屈辱を思い出しているのだろう。
「ぼくは、あなたの行動を指図していませんよ? あなたが規律を破ったのは、あなた自身の判断です」
ぼくは、あえて冷静に突き放した。
「ふざけるな!」
ライオスは、抑えきれない怒りを声に込めた。
「君は、院の正規の知識を侮辱している。君の『影の薬学』は、我々の薬学の歴史を否定するものだ。その知識の源は、恐らく院を追放された異端者から来ているのだろう」
彼の言葉は、もはや噂のレベルを超え、確信に近づいていた。ぼくが院の機密を探っていることも、そのうち知ることになるだろう。
「調子に乗るなよアレン。院長は、ただ君を利用したいだけだ!」
ライオスは、そう吐き捨てると、院長室の方角へ強い足取りで去っていった。
再びクロイツ院長に排除の裁定を仰ぎに行くのか? それとも個人的な手段でぼくを止めに来るのだろうか……。
◇
ライオスとの衝突の後も、ぼくは監視の視線を感じつつ、老師の部屋で研究を続けた。
新しい乳鉢の効果は絶大だった。
調合した『微睡みの雫』を掲げると、中心に淡い青が揺れていた。
「……純度は上がりました。でも、この青い光は、院長が恐れた“制御できない力”ですよね?」
老師は、ぼくの顔をじっと見つめた。
「な、なんですか?」
「そうだ。そしてお前は、次の壁に来た」
「壁……?」
老師は羊皮紙の製法図を指で叩いた。
「『微睡みの雫』は毒を抑えて心の痛みを“眠り”に変える。いわば応急処置だ。だが『生命の露』は違う。病の根を根本から断とうとする薬だ。聞こえはいいが、強すぎるゆえに狂気と隣り合わせになる」
「老師。もっと分かりやすく説明してください」
「つまりだな。健康な者に使えば、記憶も個性も削り取り、壊してしまう可能性のある薬なのだ」
それを聞いて、ぼくは、あることを思い出し背中に寒気が走った。そんな危険な物を、ぼくは師匠であるゲルマンに使ったのだ……。
「では、ぼくの今の課題は、生命の露を暴走させずに扱うことですね」
老師は短く頷き、製法図に新たな記号を書き込んだ。
「暴走を抑える鍵は、特定の鉱物にある。青い光を閉じ込め形を与える器だ」
「また、新たな道具ですか?」
「うむ。その物の名は、星詠の石……」
「せ、星詠の……石」
ぼくは図面を握りしめ、こう思った(また変なのが出てきたぞ)……と。
クロイツの警告と、ライオスの監視。そんな中で、またしても老師の無茶ぶりが発揮された。王都からその“鉱物”を盗み出すという、過去最も危険な任務に挑む羽目になった。




