第二十二話:秘密炉潜入と、院長の覚書
老師の計画を実行に移す日が来た。
**
昨夜、ぼくはシドの店で最終確認をしていた。
彼は、ぼくの意図を察し、すでに準備を整えていた。
「ライオスの監視から院を最も遠ざけるための陽動作戦か。いいだろう」
シドは、老師の流派特有の、強烈な薬草の残渣の入った小瓶をカウンターに置いた。
「ここ(裏の小路)は院の正規の薬師が最も嫌う場所だ。お前は明日、いつもの時間より早く院を出て、裏口から裏の小路へ向かうふりをするだけでいい。奴が動くのを確認したら、おれがタイミングを見てこれを排水口に流し込む。奴は必ず証拠があると確信し院の中央を離れる。それがお前の数分間だ」
「は……い? ええっ……と」
シドの話が長いので、内容を理解するのに少し時間がかかった。
「わ、わかりましたー! あとは、すべてぼくがやります」
ようは、
1、ぼくが怪しい動きを見せて院の外に出る。
2、するとライオスが後を追う。
3、外に院に存在しない怪しい薬草のに匂いを振りまく。
4、それを追ってライオスがシドの店に向かう。
5、ぼくはその隙に再度院へ戻り、秘密を探る──と、
まるで小動物を追い立てる時のような安易な作戦だが、老師があれほど自信をもってお勧めするんだ。きっと上手く行くんだろう……。
**
この日。ぼくは、いつものように裏庭の炉で調合を終えた後、あえて調合道具を不完全に片付けた。これは、ぼくが何か良からぬことを企み、急いで現場を離れたという印象を強くライオスに与えるためだ。
ぼくは、ライオスが監視しているであろう建物の影を見やり、意図的に普段よりも早足で院の裏口へと向かった。
数分後、院の通用門から激しい足音が響いた。
ライオスが慌ただしい足取りで院を飛び出していくのが見えた。彼の顔は、怒りと確信に歪んでいた。無理もない。ここ最近ずっとぼくを疑っていた。その矢先なのだから。
彼は、クロイツ院長の命令を完全に無視し、裏の小路へ走っていったのだ。院の中央から最も遠い場所へ、最も時間をかけて戻ってくる動線に食いついた──。
今だ。
ぼくは、ライオスが裏の小路の靄の中に消えたのを院内から確認すると、すぐに潜入のルートへと向かった。シドが計画通り残渣を流し込み、ライオスを足止めしているはずだ。
潜入のルートは、老師から渡された設計図の通りだ。ぼくは、正規の薬師が使わない古い階段を伝い、院長室の真下に位置する秘密の貯蔵庫へと向かった。
貯蔵庫の扉は、古びた鉄製で硬く閉ざされていた。鍵穴に細工した針金を差し込み、神経を集中させて錠を外す。
ギーッ、と重い音を立てて扉を開けると、中は予想通り空っぽの部屋だった。薬草も棚もない。しかし、その部屋の中央には、埃を被った巨大な石造りの台座が据え付けられていた。
台座の表面には、複雑な薬草の模様ではなく、月の満ち欠けと、水の流れを示すような幾何学模様が刻まれている。これこそ、老師の製法図に書かれていた『意識の浄化』のための儀式的な台座、つまり秘密の精製炉の心臓部だ。
ぼくは、台座の下部にある排気口に手をかざした。微かに冷たい空気が上がってくるのを感じる。熱を集めていたはずの場所が、今は完全に冷えている。
そして、鉄板のそばに、小さな羊皮紙の切れ端が落ちているのを見つけた。それは、この部屋の埃の中では異様に白い、新しいものだった。
その切れ端には、たった一行だけ、クロイツ院長の手書きと思われる文字が記されていた。
「火を絶て。触媒の力は、時を選ばず、人を狂わせる」
ぼくは、発見したその羊皮紙を慎重に懐にしまい、ライオスが遠い裏の小路から戻ってくる前に、貯蔵庫の扉を閉め、音もなく院内を抜け、一目散に老師の隠れ家へと向かった。早く、このメモの真意を老師と突き合わせる必要があった。




