第二十話:ライオスの疑念
老師の助言に従い、ぼくは雑用中に院の構造を調べることに集中した。
ライオスは、ぼくが調合室の換気口や、古い薬草棚の裏側を熱心に掃除する様子を遠巻きに見ていたが、それが「仕事の範囲内」であるため、手出しはできない。
彼にとっては、ぼくが何を考えているか分からないことが、最大の苛立ちになっているようだった。ざまぁ見ろだ。
数日後、ぼくは古いボイラー室の掃除を命じられた。ここは、正規の薬師が使う蒸留器へ熱を供給する心臓部だ。
ぼくは何食わぬ顔で、埃を払うふりをしていると──ふと、壁に貼り付けられた、煤けた院の初期設計図を見つけた。
そのい図面には、熱供給ルートや排気ルートが描かれていた。その中で熱源ルートだけが通常の流れから外れ、ある特定の一角に熱を集めるよう、意図的に組まれていた。
その熱の集積地。それは院の中央──権威の象徴である院長室の真下にあたる場所だった。
「熱を集めている。光を集めているんじゃない」
炉は、光の薬学の象徴たる院長室の真下で稼働していたことになる。この場所こそ、生命の露を精製するための、秘密の精製炉に違いない。
ぼくは、こっそりと腰袋から小さなスケッチ帳と鉛筆を取り出した。
熱が集まるその特異なルートと、精製炉にあたる院長室真下の場所を示す印を、慎重にスケッチに書き写した。
この秘密の精製炉こそが、クロイツ院長が隠し続ける『生命の露』の真の製法を解き明かす鍵になるだろう。
その日の夕方、ぼくが裏庭の炉で『微睡みの雫』を調合していると、ライオスが一人でやってきた。彼はいつものように監視のために来たのだろうと思ったが、彼の視線は、ぼくの手元ではなく、裏の小路の方へと向いていた。
「アレン」
ライオスの声は静かだったが、以前のような怒りではなく、疑念に満ちた声だった。
「君は、どこからその知識を得ている」
ぼくは調合の手を止めずに答えた。
「村の師匠からです。山の薬師の知識です」
「嘘だ。君の薬は、単なる山の知識ではない。薬草の組み合わせ方、毒性の利用法、その手法は、数十年前に排除されたある流派のものに酷似している」
ライオスの目は、ぼくの顔を鋭く見据えた。
「君は、誰か外部の人間と接触しているな。それは誰だ。君がよく通っている裏の小路には、怪しげな薬問屋がある。その問屋の奥に、院を追放された老薬師が潜んでいるという噂を聞いたんだが」
そう言ってライオスは、いやらしくニヤリと笑った。
ぼくの心臓が激しく脈打った。ライオスは、ぼくの行動の矛盾から、老師の存在にまで気づき始めているのか!?
「その老薬師様とやらが、君の裏の師匠なのか?」
ぼくは動揺を隠し、冷たく言い放った。
「その噂が真実かどうか、正規の薬師のあなたが、裏の小路で調べるおつもりですか?」
ライオスは唇を噛んだ。
最近、見習いから正規の薬師へと上がった彼は、裏の小路という院が忌み嫌う場所に立ち入ることは、彼自身の規律を破ることになるが、それ以上に正規の薬師という立場が、更に彼自身の正義に反することになるだろう。
「君の秘密を、必ず暴いてみせる」
ライオスはそれだけ言い残し、立ち去った。
老師は、ぼくの最大の協力者であり、知識の源である。その彼の存在がクロイツ院長に知られてしまうのは、どうしても避けたい。
ぼくは急いで製法図と、先ほど写し取った設計図のスケッチを抱え、シドの店へと走った。




