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第二話:誤薬の夜

山々の朝は早い。


濃い霧が棚を伝うように降りてきて、草葉の上には雫が真珠のように並んでいた。


あの日、ゲルマンに拾われてから、すでに二年という時が過ぎていた。

ぼくの背丈は少し伸び、炉の火加減を一人で見極められるようにはなった。けれど、薬草の匂いと口の中に残る苦味には、いまだ慣れきれないでいる。その慣れない匂いの間を縫うように、ぼくは籠を抱え山道を進んでいた。


ゲルマンに教わった薬草の知識──見分け方、採集の時期、乾燥の方法。

毎日が、命の重さを学ぶための課題で埋め尽くされていた。


しかし、この一週間、村は明らかに空気が違っていた。

広場では咳き込む人が増え、熱を出して倒れる子どももいる。朝には必ず薬草を求める人々の列が炉の前にできた。


「流行り病だ」と、ゲルマンは疲れた顔で告げた。村人の誰もが不安に顔をこわばらせている。


「いいかアレン、今から『青霞草』を探してこい」


ゲルマンはそう言ったあと、ぼくに強く言い聞かせた。


「熱を下げる効果がある。よく似た草に『青縁草』というのがあるが、あれは逆に熱を上げる劇薬だ。絶対に間違えるなよ。わかったな」


「うん、わかった!」


そう力強く返事をして、ぼくは山深くへと向かった。

だが、霧が深く立ち込めた山道では、二つの草は双子のように見分けがつかなかった。 どちらも細く伸び、どちらも先端が淡く青い。


「たぶん、こっちだ」


確証のない迷いを抱えながらも、ぼくは籠に草を詰めていった。


その夜、炉の前で煮詰めた草の匂いは、いつもより強く不安を煽るように感じた。

ゲルマンは疲労困憊していて「お前の調合を試してみよう」と、ぼくが煎じた薬を患者へ使用した。


翌朝、村の患者の家から、悲痛な叫び声が響き渡った。


「熱が、さらに上がった! アレンが持ってきた薬のせいで!」


全身の血の気が引いた。

その日一日、ぼくは何も言葉を発することができなかった。

ゲルマンは青ざめた顔で一日中走り回り、適切な薬を配り直し、事態の収拾に追われていた。


夜になり、ようやく全ての家の明かりが消えたころ、炉の前でゲルマンが静かにぼくを呼んだ。


「アレン」


静かな声だった。怒鳴られるよりも、ずっと恐ろしい。

ぼくは足が震え、顔を上げることができなかった。


「お前の採ってきた草を調べた『青縁草』だ。熱を悪化させる方だ」


「ごめん……なさい……」


「村の者は、今、おれを責めている。だが、それはいい。最終的な責任は薬師であるおれにある。弟子に薬草を採りに行かせたのも、おれだ」


その言葉は、ぼくを慰めるものではなかった。

ゲルマンの声は、鋭く、重い真実を伴っていた。


「だがな……」


ゲルマンはそう言った。


「命を預かる者は、たとえ一枚の葉を間違えても、人を殺してしまう。言葉ひとつ、秤ひとつ、その全てが人を傷つける刃になり得る。その重さを絶対に忘れるな」


炉の火が激しく、ぱちりと爆ぜた。ぼくはただ泣きながら、頭を下げることしかできなかった。


「今回の件。結果論でしかないが、誰も大事に至らなかったことは……不幸中の幸いだった」


「……」


ゲルマンはそれ以上は何も言わず、黙々と薬瓶を片付けた。しかし、その背中はどこか痛々しかった。


「おれが悪かった──」


最後にゲルマンはそう言った。



夜になっても、まだ罪悪感は消えなかった。

本心ではいつも──素性の不明なぼくを拾ってくれたことへの感謝が、常に心にあり、いつか恩返しができれば……そう思いっているのに、ぼくはゲルマンの期待に何一つ応えられていない。


「どうして、ぼくはこんなにも何もできないんだ……」


ふぁさっと音を立てて、肩に温かい重みを感じた。

ゲルマンの上着だった。


もう、なにも言わなかった。


──その夜、ぼくは心に誓ったのだ。


もう二度と、誰かを傷つけるような過ちは犯さない。

命の重さを知らずに、草を摘むことは絶対にしない。


夜明け前、ぼくは初めて「本物の薬師」になりたいと、心から願った。

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