第十九話:老師の静かな問い
院長室での裁定は、ぼくにとって「公的な拘束」を意味した。
あえて、ぼくのいる前で「監視は続けよ」と言ったクロイツ院長の言葉は、ライオスへの命令であると同時に、ぼくに対する「監視を続けるぞ。そして規律の範囲内で働け」という明確な警告だった。
ぼくはクロイツ院長の権威という名の鎖に、公然と繋ぎ止められたのだ。
裁定後のライオスは、ぼくを睨みつけるだけで一言も発しなかった。彼の顔には、規律の番人としての誇りをクロイツ院長に踏みにじられた、深い憤りが浮かんでいた。
その日から、ライオスによる監視は以前にも増して厳しく、表面的になった。彼はぼくの数メートル後ろに立ち、ぼくが腰袋に手をやったり、誰かと会話したりするたびに、冷たい視線を送ってきた。裏庭の炉へ行く際も、ぼくが火を熾し終わるまで彼は微動だにせず見張っていた。
「まるで鳥籠の中だ!」
ライオスが、事実上ぼくの排除が叶わない知るや、今度は、ぼくが自ら院を去りたいと思えるくらい、精神的に疲弊させる作戦に切り替えたんだろう。全く……やることが毎回子供じみている。
*
夜、ぼくはシドの店に戻り、老師の部屋で溜息をついた。
ぼくが、ライオスとの一連の出来事と、クロイツ院長の裁定の話をすると、老師は無感情にぼくにこう告げた。
「クロイツは、お前を道具として使い続けたいだけだ」
老師は淡々と言い、煙草の煙を吐き出した。
ぼくは『生命の露の製法』が書かれた羊皮紙を指差し、本題に入った。
「この製法を完璧に理解するには、薬草の相関に関する資料が必要です。だけど、ライオスが更に監視の目を光らせていて、とても資料室に近づくことが出来ません」
老師は、ぼくの顔をじっと見つめ、静かに言った。
「では、動かなければいい」
「動かない……、とは?」
ぼくが訊き返すと、老師は淡々と説明をはじめた。
「生命の露は、精製する場所の『熱』と『水』の流れに大きく左右される。つまり、この院の完璧な環境制御システムのおかげで、正確な調合ができている。そのシステムの構造を理解しろ」
「は……はい!?」
今さっき老師が言った「動かなければいいい」などと言っていたのに、それに対しては答えず、急に生命の露の話をしはじめた……。
(ぼ…ぼ……kたのかな?)
老師は机の上に、王都の複雑な水道管の設計図のような古い図面を広げた。
「王都の薬師院は、水脈と空気の循環を巧みに利用して、薬草の精製効率を高めている」
「はい」
とりあえず、ぼくは返事をした。
「これは、クロイツたちが最も誇るべき『光の建築術』だ」
「それで? ぼくにどうしろと!」
「お前は雑用係だ。掃除と整理整頓という名目で、正規の薬師が使う調合室の『熱源と水路』を調べろ」
老師は続けた。
「ライオスの監視の視線から逃れることはできない。ならば、彼らが『見て当然』と思い込んでいるものに、お前の意識を集中させるのだ。いわばカモフラージュだ」
それは薬師院の構造という、誰もが当然として見過ごす細部に、真実が隠されているという示唆だった。
◇
翌日から、ぼくは雑用のフリをして、院の床下と壁の裏側を調べ始めた。ライオスは、ぼくが床を熱心に磨いたり、壁の煤を拭き取ったりする姿を不審に思いながらも「雑用係の仕事」として咎めることはできない。
しかし、ぼくが調合室の換気口の形状をスケッチしようとした瞬間、背後からライオスの声が響いた。
「アレン。それは何だ」
ぼくは慌ててスケッチ帳を隠した。ライオスの目は、ぼくの動きの不自然さを見逃さなかった。
「その部屋の構造は、君の仕事とは関係ない。君が裏で何を企んでいるかは知らないが、院の機密に触れようとするなら、今度こそ院長の裁定は覆る」
ライオスは、クロイツ院長の命令でぼくを排除できないフラストレーションを、ぼくへの執拗な監視で晴らしているようだった。
監視の網は張り巡らされたままだったが、ぼくは、なんとかライオスの注意を引かずに、調べる方法を模索した。




