第十八話:利用という名の不問
地下貯蔵庫に響くライオスの怒鳴り声と、見習いたちの足音。完全に罠にはまった。このままでは盗難の罪で院から追放される。
「待ってください!」
ぼくは地面に落ちた蒸留器の部品ではなく、床に積まれたままの薬草の残骸を指差した。
「その処分品の中に、何か毒性のあるものが紛れていませんか? ぼくは、その毒の匂いに気づいて、不用意に触れるのを避けただけです!」
ライオスは一瞬、言葉に詰まった。彼は自分の計画の完璧さに自信を持っていたため、ぼくの『現場の勘』を使った切り返しを予想していなかったのだろう。
「ごまかすな! 貴様は盗賊だ!」
「もしぼくが盗賊なら、わざわざ毒の可能性を指摘などしません!」
ぼくは畳みかけた。
「ぼくの調合には、院の蒸留器など必要ありません。すべて、ぼくの裏の炉で事足ります。証拠はすべて、あなたの仕掛けた罠だ」
ライオスは激昂し、他の見習い薬師たちに「捕らえろ!」と命じた。しかし、ぼくの言葉が彼らの足取りを一瞬鈍らせた。
薬師は『毒』の可能性を前に、軽率に動くことを最も嫌う。少なくともライオス以外の薬師たちは、まだ冷静な判断が出来る状態なのだろう。
この機に乗じ、ぼくはライオスたちの間をすり抜け、全速力で院長室へと向かった。この状況を打開できるのは──。
院長室の扉を叩いたとき、中にはすでにイシュトがいた。
「クロイツ院長! 他のライオスが見習い薬師たちを使い、ぼくを盗難の罪に陥れようとしています!」
ぼくは息を切らしながら訴えた。
直後、怒りに顔を紅潮させたライオスが、見習い薬師たちを引き連れて入ってきた。
「院長! この男を捕らえてください! 地下貯蔵庫で院の機材を盗もうとしているところを見つけました!」
クロイツ院長は重厚な机の向こうで、一切表情を変えずに座っていた。その沈黙が部屋の空気を張り詰める。
クロイツ院長はまず、イシュトに尋ねた。
「イシュト。君の判断ではどうだ」
イシュトは冷や汗を拭いながら、慎重に言葉を選んだ。
「その……アレン君の『微睡みの雫』は、現在、貴族の間で極めて需要が高く、院の信用を保つ上で不可欠な状況です。機材の盗難はライオスの証言がある以上事実かもしれませんが……」
クロイツ院長はイシュトの言葉を遮り、ライオスに目を向けた。
「ライオス。君の行動は、規律の守護としては正しい」
ライオスの顔に、勝利の笑みが浮かんだ。
「しかし、君の報告によって『影の薬』の調合が不可能となり、貴族の病が再び悪化した場合、その責任は誰が取る?」
ライオスの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「そ、それは……規律を破ったこの男の責任です!」
「違う」クロイツ院長は断言した。
「私が命じた『裏の任務』を、君が『私的な感情』で妨害した責任だ」
クロイツ院長の目は、ライオスの心の内を見透かしているかのようだった。
「アレン。君は盗難の容疑がある。だが『微睡みの雫』の継続的な調合という『院の必要』を優先し、今回の件は不問とする」
ぼくは安堵した。やはりクロイツ院長が最も恐れるのは、貴族の病が治らないことだったのだ。
「ライオス。君の功績は認める。だが規律と院の利益、どちらが重要かを今一度考えろ。アレンの『監視』は続けよ。だが二度と彼の『調合』を妨害してはならない」
クロイツ院長は、ぼくを見た。
「アレン。お前の存在は、この院の矛盾を体現している。お前をこの院に置くのは、お前の知識が必要だからだ。その鎖が外れることはない」
その言葉で、クロイツ院長がぼくを「道具」として利用し続けることを、改めて突きつけられた。この不問という裁定は自由の獲得ではなく、利用という名の鎖が繋ぎ直された瞬間だった。
しかし、この裁定は、皮肉にもライオスの完全排除の計画を打ち砕き、ぼくがこの王都に留まる権利を確定させたのだ。
「……承知しました」
ぼくは、その屈辱的な鎖を受け入れた。この鎖を断ち切るには完璧な『生命の露』の製法を、完成させるしかないのだ。




