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第十六話:機密文書棚の真実

老師から『生命の露の製法』の羊皮紙を受け取ってから、ぼくの生活はさらに神経質になった。日中は誰にも悟られないよう裏の知識を隠し、夜は老師の部屋で製法に隠された謎を追う。


老師の教えから、ぼくは、ようやく理解し始めていた。クロイツ院長は、ぼくの『微睡みの雫』の効果を必要としているが、その製法の根幹にある『影の薬学』つまり薬草の持つ不確実性や毒性を認めることを、何よりも恐れているのだろうと思う。


クロイツ院長が監視を続けるのは、ぼくが彼の権威を揺るがす危険な真実に、深く踏み込みすぎることを防ぐためだろう。


なんとなくだが……。


クロイツ院長と老師の間に、遠い過去に、決定的な何かがあったのかもしれない。そう思うようになった。しかし、そんな事は今のぼくには関係の無い話だ。


ぼくは、老師から知識を得る代償として、彼の手足となって働く。ただそれだけだ。



監視役であるライオスの目は、夜になっても裏庭から離れなかった。


「このままでは、老師の言う『院の真の目的』を探れない」


ある夜、ぼくは老師の部屋でそう呟いた。老師は、ぼくの目の前の灯りを指差した。


「クロイツたちが隠している秘密は、この光の裏にある。正規の薬師が使う『知識の源』を、自分の目で確かめてこい」


そう言って老師が探るよう命じたのは、院の『機密文書棚』だった。そこには、過去に「光の薬学」に不適格とされ、歴史から抹消された研究が保管されているという。


「ただし、ライオスは規則の番人だ。彼に見つかれば、アレン、お前は二度とこの王都に戻れなくなる」


ぼくは覚悟を決めた。


その夜、ぼくはまず裏の炉に普段よりも多めの薬草をくべた。

『夜見草』の煙と、村で覚えた『香袋草』の匂いを混ぜ合わせる。これは人の嗅覚を鈍らせ、同時に強い眠気を誘う、一種の『目眩まし』だ。


煙が裏庭に流れ始めるのを待って、ぼくは背の高い薬草棚の影に身を潜めた。


しばらくすると、案の定、ぼくの粗を探そうと裏庭の隅に潜んでいたライオスが、咳とともにその場から動揺した様子で離れていく気配がした。


「……くそ、妙な匂いだ」


ライオスの声が遠ざかるのを確認し、ぼくは正規の薬師が使用する西棟へと忍び込んだ。


院内は、昼間とは違い静まり返っていた。正規の薬草棚は壮観だ。すべての薬草がガラス瓶の中で完璧に乾燥され、正確なラベルが貼られている。これこそクロイツ院長が守ろうとする「普遍的な正確さ」なのだろう。


ぼくは細心の注意を払って、目的の『機密文書棚』のある資料室へ向かった。


資料室の鍵は厳重だったが、以前、雑用中にイシュトが鍵をかけた時の、鍵穴の感触を思い出していた。薬師の指先が覚える感覚は、鍵の開錠にも使える。ぼくは腰袋から細工した小さな針金を取り出し、集中して鍵穴に差し込んだ。


カチリ、と小さな音が響いた。


資料室に入ると、部屋の奥に鉄格子で囲まれた棚があり『機密文書』と書かれた重厚な札がぶら下がっていた。


ぼくは震える手で、その棚の古い錠前を外した。中にはカビと古い墨の匂いを放つ分厚い帳面や羊皮紙が詰まっていた。


ぼくは一番上の一冊を取り上げた。表紙には、かすれた文字で『生命の露:真の効能と危険性に関する研究』と書かれている。


ページを開いた瞬間、ぼくは息を飲んだ。そこには、ぼくの師匠を救った薬が病を治癒する力を持つ一方で、使用者を精神的に不安定にさせ、時には過去の記憶を破壊する副作用を持つことが、詳細に記録されていた。


このような副作用を持つことを知らず、師・ゲルマンに使ったのかと思うと、少々恐ろしくなった。


クロイツが恐れていたのは、単なる権威の失墜ではない。この薬が持つ、人間の魂にまで踏み込む、制御不能な力そのものだったのだ。


そのとき、資料室の廊下から、規則正しい足音が近づいてくるのが聞こえた。ライオスだ。煙はすでに消え、彼は冷静さを取り戻したに違いない。


ぼくは帳面を棚に戻し素早く部屋を出た。


王都の光の下には、恐ろしい真実が隠されていた。そして、ぼくはその真実を、今この手で掴みかけている。

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