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第十五話:生命の露の真実

ぼくの新たな日々は、老師の隠された部屋と、院の裏庭にある小さな炉の間を往復が日課のようになった。


老師から学ぶ薬学は、村でゲルマン師匠に教わったものとも、院で垣間見たクロイツ院長の『純粋薬学』とも全く異なっていた。


「光の薬学は病を単なる『欠陥』として捉え、その部分だけを切り離して治そうとする」と老師は言った。


「だが心の病は、その人間の『過去』と『感情』が作り出した複雑な『毒』だ」


老師は薬草を分析する際に、匂いと色だけでなく、その草が育った土の性質や、摘み取った時の月齢までを重視した。正規の薬師が迷信として排除した知識の全てが、この裏の薬学では核心だった。


特に難解だったのは『生命の露』の製法だ。老師から渡された羊皮紙には、薬草の配合以上に『意識の浄化』や『月の満ち欠けの力の抽出』といった、ぼくには理解できない記述が並んでいた。


「生命の露は、ただの薬ではない。それは人の魂の淀みを洗い流す、触媒しょくばいに近い。それではダメだ。もし、この製法が”安全性を保証した形”で完全すれば、クロイツが何を恐れているのかわかるだろう」


「何か……とは?」


老師は鼻で笑った。


「クロイツが恐れるのは、院の権威が崩壊することだ。奴が自ら禁忌とした『生命の露』に頼らなければ貴族の病を治せない。しかし後遺症を発生させるリスクのある薬だ。その事実が露見することを、奴は何よりも恐れている」


ぼくは衝撃を受け、言葉を失った。


「製法を読み解くことは、単なる知識の習得ではない。それは図らずもクロイツの秘密を把握することに繋がるのだ」


「微睡みの雫では、貴族への体裁として使用はするけど、院の純粋な薬学のみで作られた生命の露でないと、大手を振って使用することは出来ない……と?」


「そうだ。実にくだらない理由だ。さあ、選べ。ここで怖気づき、ただの雑用係に戻るか。それとも、この影の知識を手にし、”真の生命の露”を完成させるか」


ぼくは、手元の製法を見つめた。これが、ぼくの求める最高の薬師への道だ。逃げる道は、もうどこにもない。


「……承知しました。ぼくは、その代償も受け入れます」


ぼくの言葉に、老師は無言で頷いた。



老師の深淵な知識に引き込まれる一方で、院内でのぼくの監視が、次第に厳しくなっているのを感じていた。


日中、ぼくが雑用をしていると、ライオスが見習いを引き連れて、ぼくの周りをうろつくようになった。彼らはあからさまに、ぼくの行動、特に裏庭の炉へ向かう時間を確認している。


ある夜、ぼくが裏の炉で調合を終えた後、ライオスが裏庭の隅に立っているのを見つけた。


「夜中にまで、ご苦労なことだ、アレン君」


彼の声は冷たい嘲笑を含んでいた。


「薬の調合は、時間を選びませんから」


ぼくは、手に持っていた薬草の切れ端を隠した。


「君の調合した薬が、また院外で高値で取引されている。なんでも『影の雫』と呼ばれているそうだ」


ライオスは静かに言った。


「君のその『個性的な調合』が、我々の薬学の信用を落としている」


ぼくはそれを聞いて、ムッとして反論した。


「病に苦しむ人を救っているのなら、薬の出所など関係ないはずです!」


ぼくがライオスに対し、はじめて感情的になったのを見て、ライオスは息巻いた。


「救うべきは、君が勝手に決めることではない! 正規の薬師が、正規の手順で治すべきだ。君の薬の製法はすべて王都の規律を乱している」


そして、彼は、ぼくに一歩近づいた。


「いいか、アレン。院長は君を泳がせているだけだ。君がもしこの院の『機密』に触れるような行動をとれば、雑用係の身分など一瞬で消える。特に裏の知識などすぐに忘れることだ」


彼の言葉は、クロイツ院長やイシュトの警告よりも、ずっと直接的で、ぼくを牽制するものだった。なにも知らないライオスが、哀れに思えてきた……。


ぼくはこの王都の薬師院が、自分たちの権威を守るために、いかに真の知識を排除し、病気の真実から目を背けているかを痛感した。


「ぼくの師匠が言っていたことが、よくわかりました」


ぼくはライオスをまっすぐに見て、こう言った。


「薬師の最高の知識は、光の下にだけ存在するわけじゃない」

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