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第一話:灰と薬草の匂い

──すべてが、熱を失っていた。


気がつくと、ぼくの体は冷たい灰の中に沈んでいた。焦げた匂いだけが鼻の奥を刺し、辺りには生命の気配がない。身動ぎしようとすると、指先がざらりとした土の感触に埋もれた。その感覚がなぜかひどく懐かしい。


「……生きてるのか?」


不意に声が降ってきた。


乾いた灰を踏みしめる足音。影がぼくの上に濃く落ちる。顔を上げると、ひげだらけの男が立っていた。


腰には薬草の束、背中には干した獣の皮。旅慣れた様子だが、その眼差しには確かな優しさが宿っていた。


「子どもか……こんなところで、一体何をしていたんだ」


言葉が喉の奥で詰まり、何も返せない。焼けたように痛む喉。


ぼくは代わりに、ただ冷たい灰を強く握りしめた。

なぜ生きているのか、理由はわからなかったが、この生を手放したくはなかった。


男は短くため息をつき、静かにぼくを抱き上げた。


彼の腕の中は予想外に温かく、その土と薬草の匂いに、安堵からか、すぐに眠気が襲ってきた。


──短い夢を見た。


冷たい光と、誰かの焦燥だけがある、無機質な場所。


誰かが切羽詰まったように名前を呼んでいた。


しかし、それがぼく自身の名前だったかどうか、もう思い出せない。


「おい、起きられるか?」


目を開けると、見知らぬ小屋の天井が見えた。


荒く組まれた木の隙間から、穏やかな朝の光が漏れている。

外では鳥の声がして、炉の火がぱちぱちと優しい音を立てていた。


あの男──あの人が、炉の前で何かを煮詰めている。


「水を飲め。毒は入っていない、安心しろ」


木の椀が差し出される。


ぼくは黙って受け取った。ぬるい水が焼けた喉を通るたび、生命がゆっくりと体に戻ってくる感覚がした。


「名前は?」


「……わからない」


「そうか。じゃあ、しばらくは『アレン』でいい。呼びやすいからな」


アレン。その響きは、不思議としっくりときた。前の世界でも、ぼくはそんな名前で呼ばれていたような、かすかな既視感があった。


男は穏やかに笑った。


「おれはゲルマン。薬師だ」


「やく……し?」


「人を治す仕事だ。薬を作る。だがな、薬は剣よりもずっと難しい。切断するのは一瞬だが、癒しには途方もない時間がかかる」


ゲルマンは炉の蓋を開け、湯気とともに立ち上る草の匂いを深く嗅いだ。


苦くて、焦げたようで、その奥に優しさを秘めた匂いだった。


「ここは『ウィンの村』山に囲まれた小さな場所だ。飢えと寒さくらいしか敵はないが……まあ、生きるには悪くない」


ぼくは炉の炎を見つめた。


あのとき、すべてが焼けて、ぼくの過去は終わった。


──ああ、ぼくは、一度死んだんだな。


「……ぼくも、その薬師の仕事、できるようになる?」


「お?」


ゲルマンは太い眉を上げた。


「急な願いだ。理由を聞いてもいいか」


「……誰かを助けられるように、なりたい」


自分でも驚くほどの強い意志がそこにあった。新しい命を得た今、誰かの役に立つことをしたい。そう、率直に思ったのだ。


ゲルマンは少しの間黙り、それから短く心地よく笑った。


「なら、まずは草の見分け方からだ。いいか、草は見た目で簡単に人を騙す。人間と同じだとな」


その日から、ぼくの『薬師見習い』としての日々が始まった。新しい小さな命が、ゲルマンの温かい手の中で、ゆっくりと色と形を取り戻していく。

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