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ちいさなしらへびと若い男のお話。

作者: のんちゃ
掲載日:2025/11/05

火平がそのしらへびを見つけたのは、まもなく森を抜けようという所の、小道の脇であった。

ちいさなちいさな、しらへびであった。



積もった落ち葉の陰に、隠れるようにして留まっていたちいさなしらへびは、その黒い眼で火平を見上げると、すぐに潜るように頭を隠した。



見えていた白く艶やかな胴には、傷があった。ちいさなへびには、辛かろう大きさの傷であった。痛むのか、しらへびはそれ以上、奥へは潜っていかなかった。




「おやおや、怪我をしてるのかい」




火平はしゃがみ込んで、まじまじとしらへびを覗き込む。

しらへびは、それ以上動かず、じっとしていた。




「こんなところに居たら、ちいこいおまえさんは、すぐに捕まっちまうよ。何しろ、この辺は獣も鳶も多い」




それでも、ちいさなしらへびは、それ以上動こうとはせず。




「……しょうがないなぁ。これも、何かの縁だ。うちに来るかい?しばらく匿ってやるよ」




ちいさなしらへびは、火平の言葉に、そっと、頭を出して見つめると。



やがて、しゅる、しゅるしゅると、火平の前に出てきた。




「よしよし、じゃあ、行こうか」




火平が両手で掬うようにしてしらへびを持つと、立ち上がり。

そのまま、森を抜けて歩き去っていった。

ちいさなしらへびは、火平の手の中で、じっとしていた。



歩きながら、火平は話しかける。



「前にこの辺で、へびの抜け殻の、かけらを見つけてねぇ。持ってたら、この間森で、落石に遭いかけたんだけど、当たらずに済んだ。

おまえさんのとは限らないが、まあ、その礼、としとこうじゃないか」



手の中から火平を見上げたちいさなしろへびは、薄べに色の舌を、しゅるん、と鳴らした。








火平は、村外れの川沿いに、ひとりで住んでいた。



薬草の湿布で傷を巻いてやり、火平の下で暫く過ごしたちいさなしらへびは、すっかり元気になっていた。



火平が食うに困らない位の小さな畑を耕し暮らす、そんな中に、畑で悪さをする虫を食べる、ちいさなしらへびが加わった。



ぱくん。しゅるん。




「おお、今日も虫を捕ってくれたか。ありがとなあ」



しゅるん。





普段は火平の家の中で、大人しく過ごし、時折、入ってきた虫やらを。少し経てば、入り込んだ鼠くらいは、ひと飲みするようになっていた。



ぱくん!




村外れの為、他の村人達は知る由もない、ひとりと一匹の暮らし。



互いに楽しく、暮らしていたのだが。







ある日、火平の住む村に、大雨が降り注いだ。




火平の家のすぐそばの川も、轟々と水嵩を増し。




「早く高い方へ逃げるだ!」

「で、でも……!」

「おら達じゃどうにもならねぇ、さ、早く来い!」



村人に促され、火平も家を離れ、高台へと逃げる。



頭に、しらへびの事がよぎるも、成すすべなく。

無事を願いながらも、火平は雨が止むのを待った。






雨が止み、川の水嵩が落ち着くまで、三日もかかった。



やっとの事で火平が家へと駆け戻る。




川沿いの家だ、跡形もないのではと、思われたのだが。




戻ってみれば、家は、元の場所に建っており。




「しらへび!……」



家に駆け込んで大声で呼んでみるも、物音ひとつしない。




しらへびを探して、家を出て辺りを見回せば。

火平の家、小さな畑は、雨が降る前の、そのままであったが。



畑のすぐ向こうに広がっていた筈の、川。その手前に。

畑や家を庇うように、小さな土手が、現れていた。



今まで見たこともない土手。

火平が土手の向こうを覗き見れば、元の水嵩に戻った川。

だが、土手のすぐ際まで、水嵩が増していた跡が、はっきりと残っていた。



そして。土手のすぐそばには。





「……しらへび!」



動かなくなった、しらへびの姿があった。






火平はしらへびを、手厚く葬った。

埋めた後、手を合わせて目を閉じ、長々と、祈って。




その夜、火平は夢を見た。



しゅるん。

あのしらへびが、火平の目の前に現れていた。



ーー弔ってくれたこと、礼を言う。我は其方と暮らして、大層、楽しかった。



しらへびは黒いつぶらな眼でくりりと火平を見て、薄べに色の舌を、しゅるん、と鳴らした。



ーー時折、またこうして、手を合わせてくれると嬉しい。寂しいのでな。

さすれば、これからも、我が、作物の実りを守ろう。




そう伝えるなり、しらへびは尻尾をしゅるり、と鳴らし。火平の前から去っていった。



「……しらへび!」



そうして、火平が目を覚ました。傍らに、いつも丸くなって寝ていた、しらへびの姿は無く。





火平は、しらへびを埋めた所に、人の頭より二回りくらい大きい石を置き、しめ縄を巻いて、祠を作り、祀った。



毎朝、水と供え物をひとつして、手を合わせる。



そんな日々を過ごしながら。



やがて、火平には嫁がやってきて。子どもができて。

相変わらず小さい畑を耕しながら、つましくも穏やかに暮らした。




やがて、時が経ち、家や畑は姿を変え、川の流れも変わり。




それでも、村外れの家の庭先には、変わらず祠があり、細々と守られてきた。

たとえ、火平としらへびの出来事が、遠く忘れられたとしても。




その後、火平の子孫の母子が、このしらへびの祠に守られる事になるのだが、それはまた、別のお話。

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