ちいさなしらへびと若い男のお話。
火平がそのしらへびを見つけたのは、まもなく森を抜けようという所の、小道の脇であった。
ちいさなちいさな、しらへびであった。
積もった落ち葉の陰に、隠れるようにして留まっていたちいさなしらへびは、その黒い眼で火平を見上げると、すぐに潜るように頭を隠した。
見えていた白く艶やかな胴には、傷があった。ちいさなへびには、辛かろう大きさの傷であった。痛むのか、しらへびはそれ以上、奥へは潜っていかなかった。
「おやおや、怪我をしてるのかい」
火平はしゃがみ込んで、まじまじとしらへびを覗き込む。
しらへびは、それ以上動かず、じっとしていた。
「こんなところに居たら、ちいこいおまえさんは、すぐに捕まっちまうよ。何しろ、この辺は獣も鳶も多い」
それでも、ちいさなしらへびは、それ以上動こうとはせず。
「……しょうがないなぁ。これも、何かの縁だ。うちに来るかい?しばらく匿ってやるよ」
ちいさなしらへびは、火平の言葉に、そっと、頭を出して見つめると。
やがて、しゅる、しゅるしゅると、火平の前に出てきた。
「よしよし、じゃあ、行こうか」
火平が両手で掬うようにしてしらへびを持つと、立ち上がり。
そのまま、森を抜けて歩き去っていった。
ちいさなしらへびは、火平の手の中で、じっとしていた。
歩きながら、火平は話しかける。
「前にこの辺で、へびの抜け殻の、かけらを見つけてねぇ。持ってたら、この間森で、落石に遭いかけたんだけど、当たらずに済んだ。
おまえさんのとは限らないが、まあ、その礼、としとこうじゃないか」
手の中から火平を見上げたちいさなしろへびは、薄べに色の舌を、しゅるん、と鳴らした。
*
火平は、村外れの川沿いに、ひとりで住んでいた。
薬草の湿布で傷を巻いてやり、火平の下で暫く過ごしたちいさなしらへびは、すっかり元気になっていた。
火平が食うに困らない位の小さな畑を耕し暮らす、そんな中に、畑で悪さをする虫を食べる、ちいさなしらへびが加わった。
ぱくん。しゅるん。
「おお、今日も虫を捕ってくれたか。ありがとなあ」
しゅるん。
普段は火平の家の中で、大人しく過ごし、時折、入ってきた虫やらを。少し経てば、入り込んだ鼠くらいは、ひと飲みするようになっていた。
ぱくん!
村外れの為、他の村人達は知る由もない、ひとりと一匹の暮らし。
互いに楽しく、暮らしていたのだが。
*
ある日、火平の住む村に、大雨が降り注いだ。
火平の家のすぐそばの川も、轟々と水嵩を増し。
「早く高い方へ逃げるだ!」
「で、でも……!」
「おら達じゃどうにもならねぇ、さ、早く来い!」
村人に促され、火平も家を離れ、高台へと逃げる。
頭に、しらへびの事がよぎるも、成すすべなく。
無事を願いながらも、火平は雨が止むのを待った。
*
雨が止み、川の水嵩が落ち着くまで、三日もかかった。
やっとの事で火平が家へと駆け戻る。
川沿いの家だ、跡形もないのではと、思われたのだが。
戻ってみれば、家は、元の場所に建っており。
「しらへび!……」
家に駆け込んで大声で呼んでみるも、物音ひとつしない。
しらへびを探して、家を出て辺りを見回せば。
火平の家、小さな畑は、雨が降る前の、そのままであったが。
畑のすぐ向こうに広がっていた筈の、川。その手前に。
畑や家を庇うように、小さな土手が、現れていた。
今まで見たこともない土手。
火平が土手の向こうを覗き見れば、元の水嵩に戻った川。
だが、土手のすぐ際まで、水嵩が増していた跡が、はっきりと残っていた。
そして。土手のすぐそばには。
「……しらへび!」
動かなくなった、しらへびの姿があった。
*
火平はしらへびを、手厚く葬った。
埋めた後、手を合わせて目を閉じ、長々と、祈って。
その夜、火平は夢を見た。
しゅるん。
あのしらへびが、火平の目の前に現れていた。
ーー弔ってくれたこと、礼を言う。我は其方と暮らして、大層、楽しかった。
しらへびは黒いつぶらな眼でくりりと火平を見て、薄べに色の舌を、しゅるん、と鳴らした。
ーー時折、またこうして、手を合わせてくれると嬉しい。寂しいのでな。
さすれば、これからも、我が、作物の実りを守ろう。
そう伝えるなり、しらへびは尻尾をしゅるり、と鳴らし。火平の前から去っていった。
「……しらへび!」
そうして、火平が目を覚ました。傍らに、いつも丸くなって寝ていた、しらへびの姿は無く。
*
火平は、しらへびを埋めた所に、人の頭より二回りくらい大きい石を置き、しめ縄を巻いて、祠を作り、祀った。
毎朝、水と供え物をひとつして、手を合わせる。
そんな日々を過ごしながら。
やがて、火平には嫁がやってきて。子どもができて。
相変わらず小さい畑を耕しながら、つましくも穏やかに暮らした。
やがて、時が経ち、家や畑は姿を変え、川の流れも変わり。
それでも、村外れの家の庭先には、変わらず祠があり、細々と守られてきた。
たとえ、火平としらへびの出来事が、遠く忘れられたとしても。
その後、火平の子孫の母子が、このしらへびの祠に守られる事になるのだが、それはまた、別のお話。




