さくらのうた
薄桃色の花びらが、まるで羽でも持っているかのように、ふわりとあなたの肩に舞い降りた。
あなたはそれをそっと摘み、手のひらにのせてふっと息を吹きかけた。花びらはくるくると回りながらわたしの元へ飛んできた。掴もうと手を伸ばしても、それは指の隙間をすり抜けていく。
優しいピアノの音が、まだ耳に残っている。
「もう三年も経ったなんて、実感無いなあ」
あなたがそう言って空を見上げるから、わたしも同じように空を見上げる。
広がる澄んだ青色を邪魔するものは何ひとつ無い。どこまでも続く、快晴だ。
「明日からは、学校、来なくていいんだよね」
わたしが言うと、あなたが笑って答える。
「当たり前じゃん。卒業したのにまだ鬼の山田センセと顔を合わせなきゃいけないとか、地獄かよ」
だからわたしも笑う。
からからと明るい笑い声とは裏腹に、わたしは自分の胸にぽっかりと穴が空いてしまったような心地がしていた。
暖かなそよ風が、あなたのポニーテールを揺らす。
「短かったけど、楽しかった」
「帰りに寄り道してアイス食べたりとか、暗くなるまで公園でおしゃべりしたりとかね。今思うと、私たち、大したことしてないなーって思うけどね。そんなことしても将来にも大学にもつながらないし」
「でも、楽しかった。でしょ」
「うん」
楽しかった。そう口にすると、喉が詰まるような感覚がした。途端に込み上げてくる熱いものを、胸の奥に押し込む。
「それに、結局大学には受かれたんだから、よかったじゃん。頑張るんだよ、医学部生」
「そっちこそね、考古学者」
「学者は言いすぎだよ」
こうして軽口を叩き合えるのも、これが最後。
わたしたちは、別々の道を歩んできて、偶然出逢って、ここで別れて、またそれぞれの道を歩いていく。
「あ、時間だ」
あなたは手首の時計を見てつぶやいた。それが、わたしたちの時間にピリオドを打つかのように聞こえて、わたしは俯いた。地面には、薄桃色の花びらが一枚だけ落ちている。
……違う。きっと、春はピリオドじゃなくて、カンマなんだ。これからも、道は続いていく。
「さくら」
名前を呼ばれた。聞き慣れたあなたの声とも、少しの間、お別れだ。
目頭が熱くなる。引きつりそうな口角をきゅっと尖らせてから、顔を上げた。
あなたの目にも涙が浮かんでいる。それを見た瞬間、さっき押し込んだいろんなものが、ぐちゃぐちゃになって溢れ出しそうになった。だから、唇が震えないようにぐっと力を込めて言う。
「またね」
いつかまた、二人の道が交わる時まで。
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