【第2幕スタート】その愛妾関係、ホワイト契約につき
「わたくしが愛妾……ですか?」
調査報告をした翌日遅く、私はクロード王子の執務室に呼ばれた。そして、そこで彼から予想外の言葉を聞いた。
「いや、愛妾になれと言ってるわけじゃないんだ。調査中に君の安全を確保するためには、それくらいの親密さをアピールする必要があるってことだよ」
王子は今朝、国王陛下に謁見した。その場で、舞踏会の夜に何者かが、城内の警備を破る工作をしていた事実を伝えたらしい。事態を重く見た王は、彼に調査を進めるよう、秘密裏に勅命を出したそうだ。
王子は私の調査能力を信頼してくれている。けれど、私が表に出て危険に晒されることが、どうも気になるらしい。それで思いもかけない提案をしてきた。
「要するに、君を“誰も手出しできない存在”にしておきたいんだ」
王子は腕組みをした指先を軽く叩きながら、言葉を選ぶように続けた。
「愛妾といえば大袈裟に聞こえるかもしれないけど、要は君が僕の強力な後ろ盾を得たと、事件の黒幕に知らしめられればそれでいい。彼らが本気で王家を敵に回す覚悟がない限り、軽々しく君に手を出せなくなる」
「理屈は通っていますが……」
「それに、僕の後ろ盾があれば、宮廷内でもっと動きやすくなる。調査の自由度が上がるってことだ」
以前、ベネディックが王子の名前を出した時の衛兵の反応を思い出した。誰かの威光を傘にきるのは、私の信義に反する。けれど、相手は陰から人を動かして命を狙ってくるような卑劣な人間。勝ち筋を作るためには必要な手段かもしれない。
「他にも、この関係のメリットはいろいろある。結婚するわけじゃないから、調査が終われば、君は自由になれる。女官として推薦してもいいし、年金を受け取って実家に帰る手筈を整えてもいいと思ってる。もし君が望むなら……君に合う結婚相手を宮廷で探してもいい。君の名誉が守られるように最大限手を尽くすつもりだ」
王子は、歯に衣着せぬ勢いでいくつもの「愛妾になるべき理由」を並べてる。どんどんと前のめりになって熱く語るあたり、私を調査に引き込みたい熱意は本物のようだ。
けれど、最後の方の理由は、私にはどうでも良いことだ。
「殿下、私の将来のことにまで色々とお気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、その心配はご無用です。私はダミアンとの婚約がなければ、修道院に入ろうと思っていました。姉も入っておりますし。ですから、私の“名誉”や“貞操”に関するご心配は無用です」
ここまで言って、ふと疑問が湧く。一応確認しておいたほうがいいだろうか?
「この関係は白い結婚……いえ、愛妾関係ということでよろしいんですよね?あくまで見せかけだけの。その、つまり私は殿下と閨を共にする必要はないという理解でよろしいでしょうか」
王子が一瞬虚をつかれたような呆けた顔になった。それから瞬時にのけぞるように椅子へと体を戻して言う。
「ないない!誓ってもいいよ。それはないから安心して」
両手をブンブン振って否定する王子の顔には引きつった笑みが浮かんでいる。私とそういう関係になるのが、よほど嫌らしい。まあ、私が彼の立場でも辞退一択だけれども。
聡明さも美貌も兼ね備えた王子であれば、淑やかな女性がいくらでも寄ってくるだろう。私のような可愛げのない女をそばに置きたいはずもない。この関係は、調査の間の一時的なもの、かつ、公に向けてのアピールにすぎない。そういう理解で間違いなそうだ。
「わかりました。それでは殿下の言う通りにことを進めていただいて問題ありません」
「いいのかい?」
王子の顔が僅かに上気した。
「けれど、一つだけ殿下にお願いしたいことがございます」
「何かな?僕にできることならなんでもするよ」
満面の笑みを浮かべて王子がうなづく。
「先ほどのお話を、私と共に父に話して欲しいのです」
王子の上気していた顔から、一瞬で血の気が引くのが見てとれた。けれど、申し訳ないが、これは避けて通れない。
「父は、名誉を尊ぶ人です。婚約破棄された娘が、その直後になんの説明もなく殿下の愛妾になるなど、受け入れられないでしょう。場合によっては殿下に殴りかか……思わぬ対応をとる恐れもございます。ここは穏便に済ませられるように、事前に父に話を通していただきたいのです」
「わかったよ。君のご家族にいらぬ心配をかけるのは僕も望まない。お父上を呼んで、話をするよ」
そう答える王子の声は少し上擦っていた。けれど、その目に迷いはない。
私の方も覚悟はできている。父の目に私はどう映るのだろう。王子の庇護にすがる女だと思われたらアウト。むしろ利用するくらいの意気を見せないと、納得しないだろう。
次に演じるのは“強い娘”だ。けれど今度は、誰かに期待された役を演じるのではない。自分のために演じられる。
幕は上がる。もうショーを止めることはできない。
[第18話 その愛妾関係、ホワイト契約につき 了]
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