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第16話 不自然マシマシ、謎ダクで

三つ目の調べ物、——麻ひもに留められた連なった金属片の一つ一つは、ベネディックの話から鉛封だとわかった。でも、この連なった形とそれぞれの刻印の意味がわからなかった。


「コインのような金属片は、鉛封です。」


私が王子を見ながら言うと、それをベネディックが捕捉する。


「殿下は、初めてご覧になるかもしれません。輸送品に課税や品質証明のために付けられるものです」


「なるほど。庶民の実務に疎い僕のために、どうもありがとうベネディック」


王子が肩をすくめる。


「アンドレア、続けて」


「はい、押されている刻印は、我が国の都市と隣国の紋章でした」


「隣国?それはつまり、どういうこと?」


「これは輸送する荷物の課税を証明する鉛封のようです」


王子が紋章をまじまじと見ている。


「課税品の箱を閉じているヒモの結び目に封をするように鉛封を留める。国境や城門を通るたびに鉛封が増えていきます」


「なるほど。一番上は潰れているが、真ん中のものは、リーツ共和国の紋章だね。その下は、あちらの首都のマルケサスだ」


「はい。一番上は、カトラスブルグのものでした。潰れてはいますが印影が一致しますし、裏側にもKATLと読める刻印が見えます」


「なるほど。カトラスブルグか。我が国の領内とはいえ、遠いな。馬で一日はかかるよ」


「カトラスブルグからリーツの国境を超えて、マルケサスまで運ばれた物資についていた鉛封ということですか?」


ベネディックの言葉に、私が頷く。


「どうして、それが王宮の廊下に?」


「それはわかりません。ただ……」


「ただ?」


「こういった課税証明が付けられるのは、高級品に限られます」


「なるほど。高級な酒や、金や銀を使った工芸品、ブロンズの調度品、家具なんかもあるよね。でも、カトラスブルグといえば……」


「そうです。あそこは銀細工の街です。もちろん、これは可能性を語る推論に過ぎませんが」


「他に何か思い当たったことはないの?探偵さん」


「気になることなら一つあります。この経路で荷物が運ばれたのであれば、この鉛封は終着地のマルケサスにあるはずなんです」


「確かに。ここにあるのは不自然だね」


王子が顎先に指を当てる。


「それに鉛封を切って荷解きをするのは、車夫や馬車引きです。貴族でもない彼らが王宮の廊下を歩いてこれを落としたとすれば、それも不自然です」


私の言葉に、ベネディックも口を開く。


「なるほど。不自然さの二段重ね、ですか。いや、さらにこれが落ちていた場所で令嬢が一人拉致されていることを入れると、三段重ねになりますね」


王子はまだ何か考えているようだ。少し間があって、言葉を続けた。


「落ちているものと、落ちている場所の結びつきを考えると、この件は確かにおかしい。だけど、鉛封に関しては、今すぐ事件とは結びつけないほうがいいんじゃないかな。君が見つけた他の事実との繋がりも、今のところ見つからない」


王子の言葉を受け、沈黙が流れる。私が次の言葉を見つけられずにいると、王子が再び口をひらいた。


「とはいえ、他の事実に関しては、必ず何か裏がある。君が見つけた一連の事柄は一見バラバラだ。つながりだって決して強くはない。だけど、パズルのように合致する部分も確かにある。そして今はまだ、真ん中のピースがごっそり抜けているみたいだ」


この言葉を聞けて、心の中の重みがとれたような気がした。誘拐されてから、色々なことがあり過ぎて、自分の冷静さを疑うことも多かった。けれども、証拠集めに関しては何とか冷静さを保って臨めていたようだ。


「これだけのことを三日間でよく調べてくれた。犯人逮捕には及ばなかったけれど、これをもとに調査を続ければ進展があるかもしれない」


「ならばわたしくしにも、もう少し調査に関わらせてもらえませんか?」


「ここから先は、君が責を負う領分じゃないよ」


「けれど、殿下も私の調査能力を認めてくださったのでは?」


「それは……、そうだけど。けれど本来ならこういった事件は、君のような令嬢に調査させるような事じゃない」


「では、私を令嬢ではなく、駒だと思ってお使いください」


「そんなことはできないよ」


「能力不足ですか?」


「そういう意味じゃない。君の能力に不足はないよ。古典語まで読みこなせるみたいだからね」


——思わぬ指摘に言葉を失う。古典語、それは私にとって王子に売り込める数少ない能力であると同時に、疎ましい思い出も多い、厄介な存在だ。


父からの押し付けで始めた古典語の勉強は、やがて楽しい時間になっていった。けれど、上達したからといって、誇れるものではなかった。宮廷や軍に仕える男性には必須の教養だけれど、女性が教養を高めても、いい顔をしない人も多いからだ。


実際、ダミアンも私が古典語を読めると知った時、急に態度を変えて不機嫌になった。きっと可愛げのない女だと思われたのだろう。


ひと月ほど前のある場面が頭をよぎる。ダミアンの執務室で、書類を手に取り口を挟んでしまったばっかりに、機嫌を損ねてしまった。


そんな思い出ばかりの古典語だけれど、自分の命が危険にさらされてやっと使える機会を得るなんて。皮肉というか、数奇というか……。


——いえ、これはただの不幸な巡り合わせではない気がする。


心の中で何かが引っかかる。あの時、ダミアンは、なぜあんなにも不機嫌になったのかしら。


これまで考えたことのなかった疑問が頭をもたげた。






[第16話 不自然マシマシ、謎ダクで 了]

次の更新は明日の20:30です。

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