第15話 隊服コスプレ:それは趣味ではありません
調べた事実のうち、カーライル家に関することは概ね伝えられた。借金を清算した直後に婚約を持ちかけ、支度金まで用意した。そして、その金の流れにまつわる怪しい影。不自然さは十分にある。
——もしかしたら、ダミアン自身も何かに巻き込まれていたのでは?
そんな考えが頭をよぎった。けれど、今は話に集中しなければ。
「次に、舞踏会当日の警備についての話に移りましょう」
「そうだったね。まだあるんだった」
クロード王子が裁判記録から目を上げた。
「こちらは、先週の舞踏会の警備報告書です。人員数や警備箇所は去年と変わりません。ただ、一つだけ相違点がありました」
手渡した紙面を指さしながら伝える。
「ここです。今年は警備要因として、警ら隊から4名が派遣されていたんです」
警備にあたった人員名簿には、城下の治安部隊である警ら隊の者が4人いた。
「舞踏会の警備は、例年、王宮警備隊が行っています。しかし今年は、『隊員の育成のため、より幅広い職務の経験を積ませたい』という警ら隊長からの申し出があり、4名の警ら隊員が派遣されてきました。彼らは舞踏会会場の貴族出入り口の警備にあたっています」
報告書には警ら隊隊長のアル・タイラーの名前の依頼文が付されていた。静かに聞いていたベネディックが、ふと顔を上げて言う。
「二つの部隊は、職務内容が共通する事も多く、隊長が挙げた理由には合理性があります。妥当な判断では?」
その言葉を受けて、王子が試すような視線をこちらに向ける。
「でも、君にはこれが不自然に映った?」
「私は……これまでずっと疑問だったんです。なぜ私が婚約破棄のショックで“一人で”姿を消したことになっているのか。私は、会場を出た廊下で、黒服の男に声をかけられました。その様子は、扉の脇に立っていた衛兵も見ていたはずです。なのに、巷には一人で消えたと言う噂が回っている」
「それは、証言をする場がなかっただけかもしれないよ。正式な調査は、まだ始まってもいない」
「証言を取りに行ったところで、真実は語られないでしょう。それに、この4人と会うこともできないと思います」
「どういうこと?」
私は一枚の名簿を差し出した。警ら隊の隊員名簿だ。
「この4人の名前を、警ら隊の名簿と照らし合わせてみました。けれど、彼らの名前は、名簿上になかったのです。おそらく名前も偽名でしょう」
王子の目が大きく見開かれ、ベネディックも動きを止めた。部屋に凍ったような沈黙が漂う。王子は眉根を寄せて、低い声で言う。
「つまり、警ら隊長が隊員ではない人物を王宮に送り込んだということになるね」
「事実だとしたら、重罪です。どうしてそんな事を……」
ベネディックも目を伏せて考え込んでいる。私は先ほど渡したベルフォートの土地台帳の写しを、もう一度王子とベネディックに見せた。
「もう五年以上前ですが、ここにタイラーの名前があります。これは領地ではなく王都の個人宅のようです。おそらく彼の自宅かと。彼もベルフォートに借金があったのです」
「ここでまたベルフォートが出てきたか。悪臭みたいにどこにでも顔を出す」
ベネディックが小さくつぶやく。
「それだけではありません。三年前に彼が告発された時、調査を担当していたのも、タイラーでした。
——しかも、彼が無罪になった直後に、家はタイラー名義に戻されています」
私はベルフォートの土地台帳から抹消されたタイラーの名前を指した。
「さっき君の言っていた怪しい人物って彼のこと?」
王子は裁判記録と土地台帳の内容を見比べている。
「はい。でも、この状況だけでは、彼が3年前の裁判で何をしたのかは分かりません」
証拠は弱い。けれど、無理にこじつけることはせず、事実と推測の切り分けはハッキリと示しておきたい。
「確かに、そうだね。でもタイミングは面白いほど合致している」王子がうなづく。
「問題は確証がないことですね」ベネディックが刺す。
「告発の件ではね。でも、タイラーが舞踏会の警備に穴をあける動きをしていたのは確かだ。サイン付きの文書があるからね。これは重罪だ。ここから彼を調査できる」
「警ら隊に連行させますか?それとも召喚命令を?」
ベネディックが低い声でいう。
「今むやみに警ら隊に連絡するのは危険だ。彼は何せ隊長だ。情報が回るのも早い。逃げられる可能性もある。もう少し事件全体を把握してから動こう。向こうはアンドレアが生きていることも、調査をしていることもまだ知らない」
そこで王子が言葉を切って、私の方を見た。
「それに、見つけたものはもう一つあるんだよね?」
私はうなづいて、テーブルの上にある、紐で連ねられた金属片を彼の方へ差し出す。
彼がそれを指で摘み上げ、目の前にかざした。
「これは、何だい?」
[第15話 隊服コスプレ:それは趣味ではありません 了]
更新は明日の20:30です。