第14話 間違えて入っちゃいけないお店
ベルフォートの店に行ったことがある。ベネディックのその言葉に、私もクロード王子も驚きを隠せなかった。彼は淡々と話を続ける。
「ベルフォートの店は社交クラブとされていますが、実際には賭博場のような場所で……他にも紳士が楽しむ場所があるようでした」
私に気を遣ってもらわなくても、大体は想像がつく。そこで楽しむ男たちが本当に“紳士”なのかは怪しいところだけれど。
「僕が知らないところで、ずいぶん遊んでるみたいだね。しかも、それをレディの前で語るなんて」
王子は鋭く目を細めてベネディックを見ていた。
「軍にいた頃に、上官に連れて行かれただけです。ああいう場所は、胴元しか得をしません。私が、そんな所で喜んで金を使うように見えますか?」
「いや、君のひねくれた性格なら使わないだろうね」
「よくお分かりで。博打で勝って金を作らなければ、他の遊びにも手が出ません。ひねくれた下級士官には味気ない場所です。——ただ、軍には贔屓にしている人間も多いようで、彼の名前はよく聞いたので覚えています」
それから彼は、わざとらしく間を置いた。
「もっとも、殿下ほどのお方であれば、資金の心配は無用でございましたね。ご興味がおありなら、今度お連れしましょう」
その言葉には、芝居がかった慇懃さを感じる。どうやら彼の反撃ターンが始まったようだ。今度は王子が慌てた。
「ちょ、待って!ベネディック?急に何を言い出すんだ」
両手を大きく振りながら、王子はあっけなく撃沈し、それを確認したベネディックが満足そうに口角を上げる。
「失礼しました、アンドレア嬢。殿下はもう私の話に興味を失われたようです。あなたの話を続けてください」
目の前には、何かに焦っている王子と、取りすましているベネディック。
さて、思わぬ方向に話が飛んで、急転直下で戻ってきた。まだ話は終わっていない。気を引き締めて続きを進めなければ。
「……わたくしは、ベネディック様のような経験はありません」
横でベネディックが首を振る。
「けれど、社交クラブと名乗る賭博場が度々問題になっていることは知っておりました。それで、彼のクラブもそういう類ではと考えました。
こういう商売にトラブルはつきもの。裁判沙汰になって記録でも残っていれば、もっと詳しいことがわかると思い、ここ数年の裁判記録の中に、彼の名前を探してみました」
「記録をすべて見たんですか?」
「それで、名前はあったの?」
ベネディックと王子が同時に声を出す。顔を向けると、二人とも驚いたようにこちらを見ていた。私はうなづいて次の資料——裁判記録の写しを手渡した。
「彼は、3年前に警ら隊に告発されています。罪状は、違法な賭博場の運営。ただし、疑いはすぐに晴れ、数日で無罪となりました」
王子の眉がぴくりと動いた。ベネディックが呟くように低く言う。
「数日で?」
「ちょっと待って。彼の土地台帳を見ると、その後も土地が増えている。つまり、彼は今も賭博場で、金の貸付もおこなっているんじゃないかな」
先ほど渡したベルフォートの土地台帳を手にしながら王子が続ける。
「わたくしも、そう読み取りました」
「告発は三年前か……。ベネディック、君が店へ行ったのはいつのこと?」
「軍にいた頃ですから、二年ほど経つでしょうか。当時も普通に営業していましたよ」
「この店は、どうやって営業を続けているんだろう」
私も同じ問題に行き当たっていた。
「彼のクラブに関しては、賭博場運営に必要な特許状も見つからないんです。正規の書類もなく、告発も跳ね返し、なぜ今も店を存続できているのかが全く不明です」
「誰かが告発を揉み消した可能性もあるよね。記録に残らない形で。」
「はい。怪しい人物もいるにはいたのですが、現段階では憶測に過ぎません。この件はまた後ほど。」
そう。一連の事実は、決定的なところで情報が欠けている。証拠と呼ぶには弱いのだ。けれど、ただの偶然では済まされないと感じるだけの理由も揃っている。
三つの断片のうち、一つ目はここまでだ。次は、舞踏会当日の警備記録について語らねばならない。
[第14話 間違えて入っちゃいけないお店 了]
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