第13話 探偵さんの初舞台
昨日はほとんど眠れていない。
3日間かけて探し出した「つながり」をどう説明するか考えていると、夜が明けてしまったのだ。
事件について調べれば調べるほど、誰かが私を排除しようとした強い意図を感じる。
そう思う一方で、自分が冷静さを欠いていることも自覚している。ベネディックを疑ってしまったのだから。そんな精神状態で繋ぎ合わせたピースは、説得力を持つのだろうか。
今、私はクロード王子の執務室で長椅子に座っている。隣にはベネディック。不安に押しつぶされそうで、正面に座る王子の顔を見ることもできない。
緊張した面持ちで座る私に気付いたのか、王子が声をかけてくれた。
「大丈夫だよ。ちょっとくらいおかしなことを言ったって、君を非難したりなんてしないから」
「わたくしは……できることはやり切ったと思っています。けれど、一方で、自信がないのです。自分なりの仮定や推論は、全て恐怖に取り憑かれた妄想なのかもしれない、そんな思いが消えません」
王子はニヤリとしながらベネディックに視線を向ける。
「僕が黒幕として疑われてない事を願うよ」
横でベネディックが肩をすくめて苦笑する。
「大丈夫です。『犯人はこの中にいる』なんて展開にはなりませんから」
正面の王子が吹き出した。これは本当の笑いなのか、それとも計算された演技か。けれど、少しだけ緊張が静まる。
「では、始めてもらおうかな。探偵さん」
私は、大きく息を吸って話し始める。声は上擦ったが、資料を持つ手はもう震えていない。
「今回私が調べたことは大きく分けて3点です。私の元婚約者の家であるカーライル家周辺の動き、舞踏会当日の警備状況、それとこちらです」
紐で連ねられた小さな金属片を手のひらに乗せて二人に見せる。
「王宮の廊下で見つけたものです。ここにある刻印についても調べました」
小さなかけらをテーブルに置き、資料室で見つけた証拠の写しを、王子とベネディックに差し出す。
「まず、こちらがカーライル家の土地台帳の写しです」
資料に目を落としながら王子がつぶやくように言う。
「この家は、鉱山も持っているのか」
「はい。ただし、カーライル家は管理者にすぎません。鉱山は王家直轄ですので」
王子がうなずき、続きを促す。
「これによると、カーライル家の領地の一部は過去に借金の担保になり、ジョナサン・ベルフォートという人物に渡っています。しかし、1年半ほど前に、担保に取られていた土地が、カーライル家に戻っています」
「つまり、借金を完済したっていうことかな?」
王子が資料に目を落としながら言う。
「はい。しかし、私が気になったのは時期です。この時期のカーライル家には、昇進や相続など多額のお金が舞い込むような収入がないのです」
「どうやって金を工面したかということか」
「はい。それだけではありません。カーライル家からうちに婚約の申し入れがあったのは、借金返済のすぐ後です。支度金も出すと。借金を返して、結婚の支度金まで用意する余裕がどこからきたのかが気になります」
「つまり借金返済以上の金が動いていたということか」
王子がしばし考えこむ。
「でも、これだけじゃ事件との関連性は感じないな。君はやはり少しナーバスになって……」
「おっしゃりたいことはわかります」
私が最も恐れていた反応だった。確かにこれだけでは証拠というには弱すぎる。
「けれども、話にはまだ続きがあります」
今は自分の考えたことを信じて、伝えるしかない。上擦る声で話を続けた。
「こちらはカーライル家に貸し付けをしたベルフォートの土地台帳です。台帳によると彼は王都の人間で、高級街で社交クラブを経営しています」
「高利貸しじゃないのか」
王子が紙面に目を落とす。突然、隣でベネディックが何か思い出したように呟いた。
「ああ、あのベルフォートか」
予想外の言葉に、私と王子の視線が、同時に彼に向けられる。
「彼を知っているのですか、ベネディック様?」
ベネディックはなんでもないように、落ち着いた調子で続ける。
「知っているというか、店に行ったことがあります。——あそこは……普通のクラブではありませんでしたが」
[第13話 探偵さんの初舞台 了]
次の更新は明日の20:30ごろです。