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第12話 クロードさんは、想定外の承認をしたようです


「おはようございます」


ベネディックが整った身なりで入ってくる。


僕は窓の下に広がる中庭を見ていた。数日前にアンドレアと歩いた庭だ。


「おはよう。早かったね」


「アンドレア嬢は、今日も7時半から資料室ですので」


「今日が、期限の最終日だね。どう?順調そう?」


長椅子の方へ向かい、2人向かい合って座る。


「ええ。かなり広範囲に調べているようです。資料室の閲覧机の上は、ひっくり返っていますよ」


「そんなに?」


そう聞き返しながらも、彼女が閲覧机に座って一心不乱に調べ物をする姿が想像できた。


「官報や人事書類のほかに、裁判記録まで引っ張り出して」


「へぇ、裁判記録を」


裁判記録は、古典語で書かれているはず。それが読めるのなら彼女の教養は確かだ。


「私も舞踏会の日の警備記録を手に入れてくるように無茶振りされました」


「手に入ったの?」


「どうにかするのが私の仕事です」


「心強い言葉だ。資料室には他に誰も来ていないね?」


「ええ、資料室を閉鎖して正解でした。あの調子では目立ちますから」


資料室は、アンドレアのために3日間閉鎖させた。書架整理という名目だが、実際には彼女が書棚じゅうをひっくり返しているのか。


「ところで、彼女に変化は見られない?落ち込んだりとか」


「アンドレア嬢が、ですか?」


ベネディックは肩をすくめる。


「食欲は戻りつつありますし、家族から手紙が来たことも喜んでいました。ここに来た初日は自ら王宮へ向かい、絨毯の上を這って証拠を探していましたよ。暴れ馬のようなパワフルさです。あれを見る限り、心配は要らないでしょう」


「泣いたりは?」


「想像できません。なぜそんなことを?」


「いや。強い人だなと思って」


咄嗟にそんな言葉が出た。だが内心では、別の思いがよぎる。彼女が涙を見せたのは、僕だけということだ。その事実が重く響く。


「ただ、彼女も多少の無理はしているでしょうね。彼女は殿下と少し似て……」


「無理してるって?」


思わずそう口にして視線を上げると、ベネディックが驚いた様子で言葉を止めた。それから、少し間をおいて、話し始める。


「私が言いたかったのは、彼女は殿下と似ているということです。責任感が強く粘り強いゆえに、背負い込みすぎるところがあります。ご自分が普段なさっていることを思い出せば、よくわかるでしょう?」


「彼女に無理はさせたくない」


「それはいつも私が殿下に言っている言葉です。無理はされませんようにと」


「ああ」


「私の気持ちを少しはわかっていただけましたか?」


「ああ」


「殿下?」


彼女に無理をさせてしまった。そのことがひどく僕を動揺させていた。彼女が僕にだけに弱さを見せたのなら、それを守るのは僕しかいないのに。


「——殿下は、彼女に個人的な興味をお持ちなのですか?」


「ああ」


一瞬、涙に濡れた彼女の長いまつ毛が脳裏をよぎる。彼女が泣く姿なんて、もう見たくない。やはり調査なんてさせない方がよかったのだろうか。


そこでふと我にかえる。ん?さっき、なんて答えた?


目の前で腕を組み、ややニヤけた顔のベネディックに気付いたのはその直後だった。しまった。でも、否定の言葉で誤魔化したくもない。


「……彼女のことが心配なんだ」


「そうですか」


短く答える彼は、どちらの言葉に納得したのだろうか。


「今日一日、彼女が無理しすぎないように見守ってほしい」


そう伝えて、立ち上がった。窓辺まで行き、また庭を見る。


あの日と同じルピナスの花が揺れている。ふとベネディックに言い忘れていたことを思い出した。


「そういえば、この前、中庭の僕らのことを覗いていただろう」


ベネディックが視線を上げてこちらを見る。


「いや……あれは……」


「そのせいで、君は危うく犯人にされかかっていたぞ。僕が否定しなければ、警備隊に引き渡されていただろうね」


「え?犯人ってまさか誘拐の?」


僕はわざと口を閉じたまま、じっと彼を見た。


数秒の沈黙。ベネディックが居心地悪そうに視線を泳がせる。その姿を見ていると、僕の方が笑いをこらえきれずに吹き出してしまう。


「笑えませんね」


ベネディックが低い声で非難する。


「話を戻すと、庭で話した時の彼女は、誰も信じられなくなるほど切迫してた。——もしかしたら、今もそうかもしれない」


ベネディックの顔に影が浮かぶ。


「だから、無理はさせたくない。今日一日、しっかり見守ってあげて欲しい。話は以上だ」


「わかりました」


そういうとベネディックは立ち上がった。彼の姿が扉の向こうに消えると、部屋に再び静寂が戻る。


明日はアンドレアから調査結果の報告がある日だ。正直なところ、真実なんて掘り返さない方がいいのかもしれない。婚約者が関わった誘拐事件の真相を、彼女は受け止め切れるのだろうか。


明日の報告が、どんな形でも平穏でありますように——そんなことを願った時に限って、現実はその逆を用意してくるのは知っているけど。





[第12話 クロードさんは、想定外の承認をしたようです 了]

次回の更新は金曜日の20:30です。


初投稿で迷いながら書いています。評価や感想をいただけると嬉しいです。

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