第1話:追放されし鑑定士、辺境へと向かう
「アレン=グランベル。お前を“王国直属鑑定士”の任を、本日をもって解く」
玉座の前で響いた、冷たい声。
アレンは静かに頭を垂れた。だが、その胸中は穏やかではない。
(やはり、あの証拠を突きつけたのが原因か……)
彼が昨日、王国財務長官に提出したのは、“帳簿の不正改ざん”の証拠。
王都の富が、一部貴族により裏で吸い上げられていることを「真鑑定」の力で突き止めたばかりだった。
その翌日、これだ。追放という名の、口封じ。
「理由は……?」
「近頃、お主の鑑定結果に不備が多いとの報告が相次いでおる。王国の信用に関わるゆえ、これ以上の任用はできぬ」
ぬけぬけと、王は言う。アレンが鑑定した“結果”を元に国家が動いてきたというのに、今さら「不備」などと。
「……畏まりました。退職金や旅費は?」
「それすら不要と申すか。すでに、下賜品として粗末な馬と一袋の金貨が用意してある。ありがたく受け取るがよい」
追放にしては丁重……いや、裏切者として処刑されなかっただけマシか。
この場に長く居れば命さえ危うい。アレンは礼を述べ、静かに玉座の間を去った。
***
三日後。
凍えるような寒風の吹きすさぶ道を、一頭の痩せた馬と青年が進んでいた。
「……辺境村・グリント。まさか、本当にここまで来ることになるとは」
手元の地図を確認しながら、アレンはつぶやいた。
王都から北東へ、街道すら整備されていない森を越えたその先にある寒村。
国の地図にも曖昧な位置でしか載っていない。だが、逆にそれが都合よかった。
(誰も俺を追ってこない、静かな場所……)
彼はもう、王都で騙され、使い潰される生活に疲れていた。
それでも、アレンは決して“怒り”に囚われていたわけではない。
ただ、静かに暮らしたかったのだ。小さな家と、小さな畑。そして、必要とされる場所。
だが──。
「……ん?」
村の入り口で、アレンは異様な気配に足を止めた。
彼の眼が、金色に光る。
【神眼:病気Lv3 感染範囲 拡大中】
【対象:村人全域(原因不明)】
「……病……?」
まだ村の門さえくぐっていないのに、すでに“異変”を見抜いてしまった。
かつて王都で彼の鑑定に頼っていた医師すら、絶対に気づけないレベルの異常。
神眼が、何かを訴えていた。
アレンはしばし迷った末、ため息をついて馬を降りた。
「仕方ない。せめてこの村だけでも、守るとするか……」
こうして、追放された鑑定士の静かなスローライフは──
最初の一日目から、大きく予定を狂わされるのだった。