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イセカイエージェント株式会社

モブだと信じない女(転生者・麻倉美玲の場合)

作者: こじまき

大手IT企業に勤めている麻倉美玲は帰宅途中に事故に遭い、異世界に転生した。


目の前の鏡を見ると、茶色の髪に茶色の目をした、清楚な顔立ちの女性がいる。


(せっかく異世界転生したのに地味じゃん)


「ちっ」と麻倉…ハンナが舌打ちすると、彼女の艶やかな髪を梳いていた侍女がビクッとした。


「ハ、ハンナお嬢様…?どうかなさいましたか?」


ハンナと言う名前を聞いて、この身体がもっている記憶が流れ込んでくる。


ハンナ・マリア・エッセン。地方の炭鉱事業で財を成したエッセン子爵家の長女。


「サイテー。名前まで地味だし、家は子爵とか」


(私レベルが転生するなら、王族と結婚できるレベルの公爵令嬢か王女が妥当なのに…だって私、元モデルで日本一デカいIT企業に勤める才色兼備のバリキャリだったんだよ!私が中途半端な子爵令嬢に転生なんて絶対にありえない…)


そこまで考えて、「あ、そういうこと。そうよね」と、ハンナはニヤッと笑った。


(あれね?モブに転生したけどハイスペ男主人公に溺愛される系のやつね?そういうことね?それならまあ許すわ)


ーーー


しかし子爵家であるエッセン家の令嬢ハンナには、すでに婚約者の有力候補がいた。


ハンナの記憶によると、相手はエドガー・ヘルトン男爵。


ハンナと年が近く、誠実で商才もある男性。ハンナの父であるエッセン子爵も乗り気で、会ったことすらないのに結婚はほぼ決まったようなものらしい。


侍女によると、今日はエドガーとの顔合わせの日なのだとか。


旧ハンナが顔合わせ用に用意していた、清楚なハンナに良く似合う、上質だが控えめなドレスを着せられて、麻倉…新ハンナはまた「ちっ」と舌打ちする。


(まじで趣味悪いわ、この女)


応接室で待っていたエドガーは、オレンジがかったくせ毛の金髪に眼鏡の、温厚そうだが地味な男性だった。


(無理…!)


「却下」


「ハンナ、なんて失礼なことを…!」と父親であるヘッセン子爵があたふたする。


「ハンナも乗り気だったじゃないか!どうしたんだ、一体…」


麻倉が中の人になった新ハンナは、ふんと鼻を鳴らす。


「私は王子様レベルのハイスぺイケメンに見初められる予定なの。モブ丸出しの結婚相手なんていらないわ」


エドガーはただ唖然とし、ハンナの父はひたすらエドガーに頭を下げる。


ハンナはくるっと踵を返して自室へ向かう。


(モブに時間を使ってる場合じゃない。早く私を溺愛するはずのハイスペイケメンを探さなきゃ。彼も私を待ってるんだから!)


「ちょっと侍女!貴族名鑑持ってきて!」

「かしこまりました」


ーーー


トラウマ持ちで情緒不安定な王太子、アロイス・ホッフェンハイム。


優秀がゆえに常に過労気味の文官、コルネリウス・アイントラハト。


平民出身の騎士団長で何かと妬まれやすい、ニコラス・ウニオン。


不治の病に侵されている天才魔導士、カイ・グラードバッハ。


名鑑に掲載されている男性陣を見て、ハンナは気づいた。


ここが前世でプレイした経験のある乙女ゲーム、「ヒーリングラブ・シンフォニー」の世界だということに。


ヒロインが攻略対象の心身の傷や疲れを癒しながら、愛を育んでいくのがストーリーの流れだ。


ただし「ヒーリングラブ・シンフォニー」に、ハンナという令嬢が出てきた記憶はない。


ハンナはギリッと歯を噛みしめた。


(違う。私が元モデルでバリキャリの私がモブなはずないもの。私はモブだけど攻略対象に愛されちゃってヒロインになるのよ!)


頭をフル回転して、前世の知識を引っ張り出す。


(ゲームの知識があるんだから、がっつりチートできるはずよ!)


ーーー


(まずは王太子狙うっしょ)


ハンナは石炭の流通について王城で会議があるという父・エッセン子爵に無理やりくっついて、王城に向かう。


(王太子に会うからもっと目立つ格好にしたかったのに!カネモのくせにクローゼットには地味なドレスと小さな宝石しかないんだから、まったく!)


王城に入るとエッセン子爵の目を盗み、そそくさとアロイスがいるはずの庭園へ向かう。


「トラウマ持ちのメンヘラちゃんは、庭園で本を読んでることが多い説…」


(って、イターーー!勘が当たり過ぎてヤバいわ。さすが私)


儚げな雰囲気をもつ金髪碧眼の王太子アロイスは、薔薇に囲まれた東屋でお茶を飲んでいる。


「アロイス…アロイス王太子殿下!」と声をかけると、アロイスの側にいた騎士が壁をつくる。


「怪しいもんじゃないって!私はアロイスが虐待されて受けた心の傷を癒せる唯一無二のヒロインよ!ちょっと通して!」


「心の傷…?」とアロイスが反応して、騎士は少し警戒を解いた。


「そうよ!私が癒してあげる!」

「必要ないよ。もう癒されているから…このエリーゼにね」


ハンナは愕然とする。


さっきはアロイスしか見ていなくて視界に入っていなかったが、アロイスの隣でこのゲームのヒロイン・エリーゼがお茶を飲んでいたからだ。


アロイスの言葉で、すでにアロイスはエリーゼによって攻略されていることがわかる。


よく見るとアロイスの顔も態度も、全然メンヘラっぽくない。すでにトラウマを克服してスッキリしている雰囲気だ。


ハンナはギリギリと歯噛みして、騎士を押しのけてエリーゼに近づく。


「ちょっとエリーゼ!」

「な…なんでしょう?」

「どうせあれでしょ?幼少期に偶然アロイスに出会って、虐待されているアロイスに『あなたは大切にされるべき存在』とか何とか適当なこと言って、たった一言でアロイスをあっさり落としちゃったんでしょ!?」


「やめてくれ」とアロイスが声をあげる。


「エリーゼは私の大切な人だ。私が苦しんでいるときにずっとそばにいてくれた。闇に引き戻されそうなときも、彼女を拒否したときも、諦めずにずっと」


アロイスの目に怒りが宿っている。


エリーゼが優しくアロイスの腕に触れた。


「殿下、心をお鎮めください」


そしてエリーゼはハンナに向き直った。


「あなたのおっしゃる通り、私は幼少期に偶然ひどい怪我をされているアロイス殿下にお会いする機会があり、お慰めしました」

「はん!ヒロインムーブしちゃって…」

「けれど適当な一言をかけたのではなく、心から殿下をご心配しての一言でした。そしてそのあとも…心から殿下を心配し、お慕いしてまいりました」


ガタッとアロイスが立ち上がる。


「今の言葉は本当かい、エリーゼ…!私を慕っている…と?」


エリーゼはハッと口を押さえ、真っ赤になった。いかにも乙女ゲームの正統派ヒロインらしい恥じらい方だ。


「殿下…いえ、これはその…あの…」


アロイスがエリーゼを抱きしめてから離れ、「私も君を愛している。結婚しよう」と膝をつく。瀟洒な東屋で、背景に薔薇を背負いながら。


「いや、王城の庭園で二人でお茶飲んでんのに、まだ気持ちを伝えあってなかったっての!?どんだけ奥手なんだよ、二人とも!」とハンナが叫んでも、世界に入ってしまった二人には届かない。


ハンナは「お二人の邪魔をするな」と騎士に庭から引きずり出され、最後に「でもお二人にきっかけをくれたのはありがとう」と感謝された。


そして真っ青な顔をして走ってきたエッセン子爵にこっぴどく叱られ、強制帰宅させられた。


ーーー


(ま、いっか。王太子は正直そんなに好みじゃなかったし。次よ、次)


アロイス付きの文官、コルネリウス・アイントラハトをどう攻略するか考えているハンナのもとに、ハンナの友人だというドリスが訪ねてきた。


「ハンナに伝えておく必要があると思って…」

「何を?もったいぶらないで。私忙しいから」


穏やかで控えめだった旧ハンナとの違いに戸惑いながらも、ドリスは「自分がエドガー・ヘルトンと結婚することになった」と告げた。


「なんだか申し訳なくて…エドガー様は誠実で良い方だし、我が家にもったいないくらいの支援をしてくださるの。ハンナにとっても、いいご縁だったんじゃないかと…」


ドリスはエドガーとハンナが破談になった経緯を知らない。事の次第を恥じたエッセン子爵が、エドガーに平謝りして詳細を伏せてもらったからだ。


「モブ同士の結婚には興味ないから、そんな話ならもう帰って」


そう言った瞬間に、ドリスが手にしているハンカチの刺繍が目に入る。


D・アイントラハト。


「ドリス、あんた…コルネリウスの何?」

「え…従妹だけど…」

「マジ!?」


ハンナは「エドガーを譲ったんだから恩返ししろ」とドリスを急き立て、コルネリウスとのデートをセッティングさせた。


王城の庭園で騒ぎを起こした令嬢が自分に会いたがっていると聞いて胃が痛くなりつつも、小さい頃から可愛がっていた従妹に頼まれて断り切れなかったコルネリウスは、「少しだけなら」と了承したのだ。


コルネリウスは優秀な文官として大量の仕事をさばいているため多忙で、待ち合わせ場所のカフェに遅れてやってくる。


長めの銀髪の下に、知性を感じさせる眼鏡。


「遅いんですけど」

「申し訳ありません。仕事が立て込んでいまして」


「急に会いたいと言い出したのはそっちだろ」と思いながらも、コルネリウスは王宮仕込みの申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。


ハンナは顔に似合わない派手な化粧を施し、大きなイヤリングを耳にぶら下げいる。


「控えめな化粧と装いをしていれば、美人だろうに」とコルネリウスは思う。


「早速なんですけど、お渡ししたい物があります」


ハンナはすっと小さな包みを差し出した。


「飲むだけで疲労が瞬く間に消えてしまう薬です。わざわざ!私が!お疲れのコルネリウス様のために!外国から取り寄せたのですよ」


(どう?ゲームのエリーゼは即効性のないハーブとマッサージでゆっくり攻略してたけど、こちとら即効性抜群と噂の薬なんだから!こんなことされたら私を好きになるしかないわよね?)


コルネリウスは包みの中を確認して、顔を曇らせた。


「これは最近我が国に蔓延している違法薬物では?」

「は?」

「逮捕されますよ?」

「はぁああ?」


ーーー


(いやー、ひどい目にあった。マジあの商人のせい)


コルネリウス・アイントラハトに贈った薬が違法薬物だとわかり、ハンナは逮捕される寸前だった。


しかしハンナも商人に騙されていたこと、ハンナが商人の情報をコルネリウスに渡して結果的に犯罪組織の一網打尽に繋がったこと、エッセン子爵が石炭を王家に卸す価格を相場よりかなり安く設定したことが酌まれ、事件が表に漏れることはなかった。


ただしエッセン子爵からは、しばらくの外出禁止を言い渡されている。


アロイスに続きコルネリウスのルートも消えてしまった今、ハンナは平民出身の騎士団長・ニコラスの攻略を考えていた。


(脳筋騎士団長は、騎士団内の物資横流し事件の首謀者だと疑われたところを、エリーゼだけが信じてくれて好きになっちゃうみたいな流れだったよね。信じてるふりするだけでいいんだからチョロすぎ)


父や使用人たちの目を避けて夜中に屋敷を抜け出し、騎士団の宿舎へ向かう。


(あれ?でも、横流し事件っていつ起きるんだ?)


エリーゼが騎士団に近づけば、タイミングよく事件が起きる。だってヒロインだから。


でもハンナが騎士団に近づいても、何も起きない。だってモブだから。モブにルートとかないから。


ハンナは一晩中騎士団の周りをうろつき、外を監視していた当直の騎士に見つかり、厳重注意されて家に帰された。


(でも、まだカイが残ってる)


ーーー


(カイかぁ…ハッピーエンドになってもすぐ死ぬんだよね)


エッセン子爵によって完全に家に監禁されるようになったハンナは、それでも溺愛ルートを諦めていなかった。


残る攻略対象は、不治の病に侵されている天才魔導士のカイ。


エリーゼはカイが不治の病に侵されていると知り、彼を治療するために自分の血…命を捧げようとする。


エリーゼの深い愛を感じたカイは、しかしエリーゼへの愛ゆえに輸血を拒み、短い余生を彼女とともに過ごすことを選ぶのだ。


(血をあげるって言えば溺愛されるってことだよね?溺愛ルートに入れば実際に血を抜かれることはないんだし、気軽に「あげる」って言っちゃえばいいじゃん)


外に出られないハンナは、魔塔にいるカイに「あなたのことが好きだから、血をあげる」と手紙を書く。


数日後、ハンナが部屋で暇していると、突如部屋に魔法陣が出現した。


(キタキタキタキターーーーーーッ!)


魔法陣から、いかにも具合の悪そうな、顔色の悪い黒髪の魔導士カイが姿を現す。


「血をくれるというのは本当か、ハンナ・マリア・エッセン」

「もちろん本当よ。だってあなたのことを愛しているもの」


カイは無言でハンナの腕を掴んで魔法陣に引き入れ、二人はカイの屋敷に移動した。


カイは「ここに寝ろ」と、病院にあるような細いベッドを指さした。サイドテーブルには針やチューブが用意されている。


ハンナの肩をカイはグイッと押し、ベットに押し倒す。


ハンナはニヤッと笑った。


(性急すぎない?私が魅力的過ぎて我慢できないのね)


「ここでヤるの?」

「当たり前だろ。何しに来たんだ」

「だって…ベッド狭くない?」

「十分だ」


(ええ?もしかしてずっと私の上にいるつもり?意外に野獣なんだ…)


「さあ、ひとつになりましょう」


カイはハンナのドレスの腕部分を裂き、針を刺す。そしてチューブでつながった反対側の針を、自分の腕に刺した。


「痛…っ!何してんのよ!?」

「わかってるだろ。血を抜くんだよ」

「やめてよ!私を溺愛してるから、血を抜くのは諦めるんでしょ!?」

「何意味のわからないこと言ってるんだ。お前はただの輸血袋だよ」

「いやっ!針を抜いてよ!」


ハンナの血はカイの身体の中に消えていく。


目の前が真っ白になり、ハンナは意識を失った。


◆◆◆


イセカイエージェント株式会社の吉川が、麻倉美玲のストーリーを発表用スライドにまとめていると、「これ麻倉さんですか?」と背後から声がした。


振り返ると、後輩の山森だ。


「麻倉さんのこと知ってんの?」

「最初に受付したの、俺なんすよ。なんていうか…自己肯定感MAXな人でしたよね。キッズモデルやっててチラシに出たとかIT系の課長代理でバリキャリだとか、すごい自慢されましたよ。チラシの画像まで見せられましたもん。赤ちゃんのときのやつ」


山森はスライドを覗き込む。


「ガチのモブなのにモブだと信じなかったんすか?麻倉さんらしいっすね。ってか、まだ異世界で生きてるんですか?」

「異世界オーナー様が麻倉さんの暴れっぷりを気に入っちゃってさ。魔導士に大量に血を抜かれたんだけど、オーナー様の一存で一命をとりとめちゃったんだよ」


カイがハンナを連れ去った後、侍女がハンナが消えたことに気付き、侍女から報告を受けたエッセン子爵が、「また問題を起こすのでは」と真っ青になって必死にハンナを探したのだ。


侍女がアロイス、コルネリウス、ニコラス、カイの名前に印がついた貴族名鑑を子爵に見せたので、「カイのところにいるかも」という予想ができ、迅速にハンナを見つけられたという設定だ。


「なるほどです…じゃあ麻倉さんについては続きがある、と」

「うん。やらかしすぎてまとめるの大変だから、もう静かにしててほしいんだけど」


山森はうんざりした顔の吉川を見て、くすっと笑う。


「ああいう人は、まじで死ぬまで変わりませんって」

「いや、ここに来たんだから、もう1回死んでんのよ」

「あ、そうだった。じゃあもう変わんねーわ」


二人は顔を見合わせて笑った。

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