ファミレス高価格帯メニューバトル(うなぎ)
一昔前はファミレスでは食べられなかった、だが今日ファミレスの定番商品となった料理が一つある。
そう、“うなぎ”だ。
俺が子供の頃、鰻といえばちゃんと鰻屋に行くか、丑の日にスーパーで買ってくるかの二択しか入手方法が思いつかないレア食材だった。
子供だったから余計に思いつかないというのもあるけれど、今みたいにどこに行っても目にする身近な食材という感じではなかったのだ。
もちろん、ファミレスのメニューにウナギなんてなかった。
つい最近まで、ウナギは“特別なご馳走”だったのだ。
それが、いつからかファミレスのメニューにウナギが定番として置かれるようになった。
ちなみに若い頃からあちこちのファミレスでバイトしている俺は、その始まりを知っている。
ある年の夏、丑の日の特別メニューとして期間限定でウナギが導入された。
翌年も、翌々年も——今や夏になればどこのファミレスも“土用の丑の日フェア”と銘打って鰻を提供する。
中には鰻を通年のメニューに乗せているファミレスもある。
その気になれば牛丼屋でも気軽に鰻が食べられる。
うなぎはもはや“特別な”ご馳走ではなくなった。
鰻がファミレスメニュー化した一番の利点は、価格がお安くなったということだろうか。
ファミレスでは、きちんとした鰻屋よりも随分お安い価格でうなぎが楽しめる。
ただ、ファミレスの商品としては少々お高い。
そういう意味では、うなぎは今でも確かに“ご馳走”ではある。
いうなれば“気軽なご馳走”だろう。
そもそも、鰻が“気軽なご馳走”になった最大の理由は、パック技術と冷凍技術の向上、これに尽きる。
鰻屋は、鰻だけを扱う専門店であることが多い。
もちろん専門店化する事によってブランド力を上げるという目的もあるが、こと鰻に関してはそれだけではなく、調理工程の煩雑さと特殊さゆえに専門店化したほうが効率良いという、調理上の特性もある。
鰻は、まず捌き方からして特殊だ。
目釘を立てて関東なら背開き、関西なら腹開き。
成田山の参道あたりに行くと、鰻屋の店頭で職人がうなぎを捌いている様子を目にすることができる。
生きたままのうなぎをタァン!と目釘で押さえ、すすっと包丁を滑らせて捌く。
見ているといかにも簡単な流れ作業のようにも見えるのだが、そんなわけがない、特殊技能だ。
さらに関東であれば鰻は一度蒸し器を通すことが多い。
大きなせいろをのせた大きな鍋は、それだけで調理場の邪魔になる。
さらには炭火を入れた大きな焼き台を置けば、ますます調理場は手狭になる。
設備面を考えてもうなぎを専門に扱う形に作ったほうが効率良い。
だから鰻屋は鰻に特化した店となりがちなのである。
それを一気に解決したのが“パック技術”だ。
実は鰻というのは真空パック詰に向いた食材なのである。
まずはその形が――さばいてしまえば平らになる。
かつ切ればほぼ長方形になる。
長方形の袋に綺麗に並べて入れるのに、これ以上に適した形はない。
身が柔らかく崩れやすい魚であるという問題も、冷凍にしてしまえば解消される。
冷凍するときも薄く四角いというのは凍らせやすく、また解凍もしやすい。
さらに仕入れコストや流通コストなども抑えることができる。
何よりパック化した事によりファミレスの調理環境でバイトの若いにいちゃんでも簡単に調理できるようになったのだから、調理コストも小さくて済む。
かようにして鰻は、手軽にファミレスでも食べられる“気軽なご馳走”になったのだ。
味の方は……あなたが美味しいと感じたなら、それは企業努力の賜物である。
お値段からもわかるように、使われている鰻はまず国産天然物ではあり得ない。
ほぼ外国産の養殖物である。
だからこそ「焼き場の炭の匂いを嗅ぎながら皮目よく焼いた国産の鰻で一杯」なんていう特別なご馳走には向かない。
だが“気軽なご馳走”としては十分なクオリティが約束されている。
ファミレスの鰻は関東風が主流だ。
タレとともにパックに封入して冷凍することを考えると、身の柔らかさを売りにする関東風に仕上げるのは大正解。
調理工程としても関西風に仕上げるならばオーブンで一度炙るという工程一つが増えるため、提供スピード勝負のファミレスでは好まれない。
ここは全く俺個人の見解ではあるが、関西風はうなぎを食うための鰻、関東風は米を食べるための鰻であるという印象が強い。
つまり関東風の鰻は身の柔らかさを活かして箸で突き崩し、甘辛いタレの絡んだ米と一緒にガーっとかっこむのが至福であると。
ファミレスのうなぎは、この“米を食うための鰻”としては極上の仕上がりなのだ。
本当は鰻重じゃなくて鰻丼で出してほしい系のうなぎ、それがファミレスうなぎ。
タレは濃いめに作られている。これがパックの中でうなぎの脂と混ざり合い、米にとろりと絡む最上の状態に熟成されてゆく。
うなぎも冷蔵中に塩味を吸ってしっかりと味がついた状態、一口食べれば、ともかくコメが欲しくなる。
本能の赴くままにがーっと米をかっこんでもぐもぐもぐ。
うなぎの味が口いっぱいに広がって幸せな気分になる。
脂に疲れた口中を洗い流すビールがあれば、なお最高。
要するにきちんとした服を着てきちんとした食事をしに行く“ハレの日”の食事である鰻屋の鰻とは完全に別物なのだ。
普段の食事の延長線上にあって、「今日は頑張ったし、ちょっと奮発しちゃうか」というときの最高のご馳走、それがファミレスうなぎ。
しかし昨今の物価上昇や輸送費の高騰――つまり何でもかんでも値上がりするこの世情の中、ファミレスがいつまでこの価格帯でウナギを提供し続けることができるかという不安は、もちろんある。
安くてうまい飯を身上とする店で価格上昇の煽りを真っ先に受けるのは高価格帯の食材なのだ。
さらに鰻は近年、資源枯渇や絶滅の危険性が叫ばれるなどの問題があり、こと鰻に限っていうならば、いずれ“気軽なご馳走”として扱える食材ではなくなるかもしれない。
だからこそ今! 今こそ!
ファミレス鰻を是非一度食べておくべきだと思うのである。
ちなみにこれを書いているうちにうなぎの口になってしまった俺、もちろん今夜はファミレス鰻を食おうと目論んでいたりするのである。