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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仕切りの間

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君は、自分の家の中にどれだけの仕切りがあるか、把握しているだろうか。

 部屋同士かもしれない、廊下と部屋を隔てるときかもしれない、トイレやお風呂場を区切るものかもしれない……。

 重厚なものがいい西洋に比べると、ふすま、障子、屏風などの軽いもので区切られる空間。その軽さは、持ち運びによって、いつでもどこでもプライベート空間を用意できる。

 あくまで目に触れるかどうか。立つ声や音は防ぎようがなく、ひょっとしたらあんなことや、こんなことが起きているかもしれない……と想像を広げる。

 空気を読むということを重視する、日本人の特性は、ひょっとしたらこのようなところに起因しているのかもしれないな。せめて人目だけでもはばかりたいという、その気持ちを相談することなく汲んでやる、というような。


 そして、隠れていることに気を配るなら、見えていることにも気を配った方がいいこともあるかもしれない。

 昔の私の話なのだけど、聞いてみたいか?



 ことのはじまりは、うちの庭を横切った一匹の猫を見た時だ。

 私の家は四方に家々が接するような立地で、その中央部にちょこんと庭が横たわる形になっている。

 人様の敷地の概念などどこ吹く風な猫たちにとっては、都合のいい通り道のひとつにすぎない。昼夜を問わずに横切ったり、塀の上でのんびりしたりする、彼らの姿を見ることがしばしばだったよ。

 しかし、そのときに見た猫は、いささか様子が違う。

 塀から飛び降り、一瞬、駆けだそうとして、派手に前へつんのめってしまった。

 猫でも、転ぶようなことがあるなんて珍しい、と最初はのんきに眺めていたんだけど、立ち上がってからの動きが、ややぎこちない。

 見た目に、右の前足をかばうようにほとんど動かさず、びっこを引くような格好で去っていったんだ。


 どこかをケガしたんだろうか。

 たまたま庭に面した窓から一部始終を眺めていた私は、猫のつんのめった現場へ寄っていく。

 時刻はすでに日暮れ近くて、空は薄暗かった。

 その中でよくよく見ると、土にはまだ新しい湿り気を帯びた箇所がある。ちゃんと確認できたわけじゃないものの、猫の血がしみ込んでいたんじゃないかと思ったよ。

 けれども、ケガの原因になりそうなとがった石や、他の欠片のようなものの姿はない。

 足にそれが深々と刺さったままなのだろうか。


 いぶかしがる私の耳へ、新たに飛び込んでくるのはカーテンの開閉音。

 家へ振り返ると、二階の部屋の窓たちにカーテンが引かれていくところだった。窓を開けっぱなしにしていたから、音が漏れてきたのだろう。

 つい数分前まで、あの窓は全開だったはずだ。

 それを今は母親が、向かって左側の窓のカーテンをいじっている。右側の窓のカーテンはすでに閉め切っていた。

 ほどなく、階下にいる私にも庭へ面するカーテンを閉めるように言われるだろう。

 引き返す私だが、屋内へ戻り、庭のほうを見やって、ふと思ったんだ。

 猫のケガをした地点と、すでに母親がカーテンを閉めたであろう窓の位置。

 そこがおよそ直線上だったな、ということに。



 試しにカーテンを開け閉めしてみたものの、この場ではおかしいところは見当たらなかった。

 私も自分の勘が外れたかなと、思案を頭の隅へ追いやろうとしていたのだけど、2週間ほどが経ってからのこと。

 時期は夏休みを迎えて、外で遊びまわる子供たちの姿もよく見られるようになった。

 家々も網戸や御簾のようなものを垂らして、外から中を容易に見せないようにしつつも風を取り込み、この室内にいながらもこの熱気と戦うすべを模索しているところだった。


 私はというと、友達からのプール帰りだった。

 水をくぐるのもいいが、プールの後に食べるアイスというのが絶品でね。いきつけの駄菓子屋さんが帰り道にあって、そこで格安アイスキャンデーをほおばるのが楽しみだったんだよ。

 けれど、行きには良かった天気が、アイスを食べ始めるころには急に怪しくなってきて、ほどなく雨が降り出してしまう。

 これは早く帰った方がいいかと、自転車へまたがったところへ、駄菓子屋の店主であるおばあちゃんから声をかけられた。


「身体が濡れると急ぎたくなるのは分かるけどね。まわりの家たちがきっちり窓とか閉めるのを確かめてから行きなよ。

 窓たちは外の景色を自分たちに取り込んでいるから、いわば中と外がつながっている状態。ヘタに横切ろうとすると『区切られちゃう』かもしれないからね」


 連れ立った友達は「おかしなことをいう」と、首をかしげていたけれど、私は思い浮かべていたよ。

 あのとき、畑で急につんのめった猫の姿を。



 そして、それをほどなく私は目の当たりにすることになる。

 駄菓子屋からそう遠くない、人家群の前を通りかかった時だった。

 私より先へ自転車を飛ばしていた友達の身体が、急にブレーキがかかったように、前方へ放り出されたんだ。

 ちょうど、友達の自転車が通りかかった人家が、雨戸を閉めたタイミングでね。

 友達の乗っていたママチャリは、前かごもろとも、泥跳ねもタイヤも鋭い刃物で斬られたように、根元から断ち切られていたよ。

 しかも、近くに転がっているだろうそのパーツはどこを探しても見つからなかったんだ。

 幸い、致命傷に至らない程度の打撲で済んだけれど、駄菓子屋のおばあちゃんのいった話を、友達も信じる気になったみたいで。

 二人して濡れながら、のろのろと閉めきった家たちの前を選んで、帰っていったっけ。

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