第92話 伴戸志姫
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引呼蓮輝は伴戸志姫の意識が戻るのを確認する。
伝地力弥がその様子をみて感嘆の声を上げる。
「すげぇな……あの状況を魔法の霊薬だけで……ってか足も治ってるじゃねぇか?」
「ほんとだね、さすが女神製の『万能霊薬』だね。シキちゃん。大丈夫だよね。女神様の話だと、君が鍵のはすなんだけど……しっかりして!」
「え、ええ……王子様……じゃなかったのね……蓮輝君……あ! しまった! 魔法陣が……」
「え、地面のコレかな? うわ、爆発で結構消えてるね。ちょっと待ってて」
蓮輝は自身のギフト『物質抽出』から強化された『引力操作』で魔法陣が描かれた地面の上にあったゴミやがれきを魔法陣の外に集めていく。
「うお……ゴミが一瞬でかたづけられた……」
「ん? ああ、女神さまの力で体が満たされてるからね。一時的なパワーアップだよ」
「パワーアップしすぎだろ。これだったら戦闘にも参加できるじゃないのか?」
「ああ……そうかもね……」
蓮輝は力弥の声を上の空で聞きながら、背中にしょっていた荷物から『魔法の粉』を出すと、ブツブツ言いながら消えていた線をあっという間に直していく。
「流石女神様だね……情報万端……っと、これで良しっと……? シキちゃん? 大丈夫?」
「え、ええ。ありがとう……女神の導きに感謝をしなければ……」
伴戸志姫は女神に感謝すると同時に蓮輝が光り輝いている様に見えた。
力弥は周囲を見渡し、煙が立ち上る中からうめき声が聞こえてくるのを不気味に思っていた。
「んで、俺たちはどうすんだ? 砲撃部隊の方もなんか爆発してたと思うが……移動するか?」
「いや。しないよ。つぎはシキちゃんを回収して本陣の方に戻るからここまでの最短の道をイメージしておいて」
「……なんだそりゃ? 本当に戻るのか? 『時間』が……」
伴戸志姫は蓮輝が修正した魔法陣の真ん中で祝詞を上げ始める。
『我は祈りをささげる。豊穣と平和を司る女神エネリエスよ。時を司る神ソベーレよ。眠りについた古き神々よ。我が祈りを聞き届け聖なる力を分け与え給え……』
彼女の周囲に神聖な力が集まり、『飢える魔王』が開けた『異界の門』からも大量の光の粒子が魔法陣の方へと集まっていく。
『我が賜った『時を戻す』御力を行使させ給え!『時間逆行!』』
伴戸志姫を中心として巨大な神々しい光の柱が立ち上り、周囲の空間が歪んでいった。
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邪神ソベーレは自身の神力がうっすらとどこかへと抜き取られていく感覚があるのに気が付いた。
「……ああ、そうか……時の巫女もいたか……ああ、なるほどね……」
鼓動正史は何も感じられなかったので、巨大な光の柱の出現に驚いていた。
「……もしや、噂の『時戻し』の秘術ですか?」
「ああ、そうだね……この感じだと……『飢える魔王』ちゃんの出現まで戻す気か?」
「……世界全体が巻き戻るのですか?」
「いや……そんな力はとてつもない神力とエーテルの力が必要だ……ってことはこのエリアだけ戻すくらいか……」
「……それだと、魔法陣の先とこちらで時間がずれる気がしますが……」
「ああ、そうだね……」
「……大丈夫でしょうか?」
邪神ソベーレは空を見上げ一瞬興味深そうな仕草をして軽く微笑む。
「やばいね。とてもやばい。『飢える魔王』ちゃんが引きちぎれるかも……」
「あの巨体が……」
「はぁ……これだと『賢者』ちゃんたちに行動が全部読まれているのと。最初から「僕たち」がいるのがばれている状態になっちゃったね……困ったなぁ……連敗しそうだ」
邪神ソベーレは互角で楽しいはずの「ゲーム」が一気につまらなくなったことを感じていた。
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伴戸志姫が発動させた『時戻し』の『神の加護』は『爆心地』を中心に時間を逆行させた。
彼女の『神の加護』の有効範囲は決まっていた。『賢者』の計算によって丁度戦闘が行われていた範囲が転移魔法陣の大きさにはまる様に仕込まれていた。
『飢える魔王』は『時戻し』により転移魔法陣の場所まで戻されてしまう。時間のずれによって異界とのギャップが生まれ、接合面から大量の血しぶきが上がり、血液の様なものが大量に地面に落ちていった。
先ほど撃墜されたはずの自衛隊の戦闘機は『飢える魔王』の小さなビルほどもある半身が出てきている魔法陣の周りを旋回していた。飛行機のパイロットたちは、撃墜されたはずなのに何故か『飢える魔王』を前にしているのに疑問を感じていたがすぐに対応をし始める。
「本当に戻るとは……」
「おとぎ話じゃなかったんですね……」
「くっ……手足が震えるな……これが恐怖というやつか……」
「少尉は死んでましたからね……自分はうまく逃げられましたが……」
「操縦頼む……」
「りょー」
戦闘機のパイロットは窓の外に見える『飢える魔王』の異変にすぐに気が付く。
「標的の様子がおかしい!!」
「空の入口で……大量の出血?? なんだありゃ……」
「……千切れて落ちていきますね……」
【何が起きている! 報告せよ! こちらでも異変を確認! 本当に生存しているのか!?】
「報告! 攻撃中止! 標的が落下していく!! プランCに移行する!!」
『飢える魔王』は時間のずれによって巨大な体が引きちぎられ、なすすべも無く落下していった。
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地表に展開されていた自衛隊の特殊対策課では慌ただしく伝令の叫び声が聞こえていた。
「『巨大な標的』への攻撃中止!! 標的は魔獣のみとする!」
「撃つなよ!! 撃ったら死ぬからな!!」
空にいた『飢える魔王』にターゲットをしていた対空砲や戦車の砲身は下げられて、街中に出現した中型の魔獣の方へとシフトしていく。
「武器を持て! あのデカブツは見るな! 見ていただろう! あとは「転生者」達がなんとかしてくれる!! プランCに移行! 魔獣退治に移行する! プランCに移行!!」
「「おー!」」
自衛隊の隊員は夢と現実の狭間にいるような感覚を受けながら、対魔獣用に設定された小銃や魔獣用カスタムボウガンなどをもって規律をもって移動を開始した。
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とある、転生者の部隊では私闘が起きていた。
「光の女神教」の信徒の一人に仲間複数の人間が襲い掛かり叩きのめしていた。
「よし、裏切者への制裁完了!」
「よかったです……これで立て直しできますね」
「まさか、こいつが『邪神ソベーレ』の信徒だったとはな……」
「エネリエス様への侮辱です!」
彼らは意識を失った『邪神ソベーレ』側の工作員を置いて次の行動を話し合っていた。
「では、突然魔獣が出現したこのポイントを攻めてみましょうか」
「おっけ」
「こいつはどうするんだ?」
「引ん剝いて放置しておきましょう」
狐の仮面をかぶった軍団は前回してやられた工作員を文字通り裸にして、仲間が襲われたポイントへと移動を開始した。
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自衛隊特殊対策課の本陣は半ばパニックになっていた。
『時戻し』でその場にいた一同はあまりの事で呆然としてしばらく動けなかったが、お互いの姿を見て現実を確認すると大騒ぎになっていた。
「撤収! 撤収!! ここは捨てる!! 魔獣がくるぞ!!」
「わかってます!!」
「ノートPCと通信機だけでいい! 細かいものは捨てろ! 逃げるぞ!」
「「了解!」」
「……あと……てめぇはここで死んでおけ!!」
「ま、待ってくれ!」
パン! パン! パン!!
自衛隊の幹部が手銃で一人の隊員の手足を打ち抜く。
撃ちぬかれた「彼」に対して、その場にいたもの全員が侮蔑の目を向けていた。
「さぁ、これで内通者はいなくなった。行くぞ!!」
「「了解!」」
彼らは突然の魔獣の出現でなすすべも無く蹂躙された前回の記憶から逃げる様にその場を後にした。
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豪利竜太は間空提子を背負って走っていた。
「む、無理だよ……にげられないよっ!」
「大丈夫だ! テレポーテーションしてくる奴には、ひたすら動き続けてれば大丈夫だからな!」
「そんな……それ漫画の世界の話じゃない!」
「大丈夫だ! 光の柱の立ち上ったところに行けば。あの邪神に対抗できるって!」
「そんなぁ……ここより危険な地帯じゃない!」
「大丈夫だ! 女神エネリエスの巫女様がいるんだ! そっちに行くぞ!」
間空提子は諦めて竜太の意思に流される事にした。
「……降りる。私も走るよ!」
「……わかった」
間空提子は豪利竜太の行動に疑問を持っていた。
一緒に邪神ソベーレの圧倒的な力を見ていたのに、それに抗う彼の行動を。
「何でここまでしてくれるの?」
「……好きな人間を守りたいのは当たり前だろ?」
「……そう…………ありがと……」
「……おう」
二人は光の柱が立った方向へと走り出していた。
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「……成功ね」
与謝峯琴音は時が戻ったのを実感していた。
流石の彼女も合図をしてからの『時戻し』までのラグに焦りを感じていたようだった。
「……なんだこれ……傷が……」
「みんな無事……夢か? 死んだのか?」
「……へ?」
「これどうなってんの?」
「あ、歩夢!! よかった!!」
「え? 俺、生き返ったんですか? また転生?」
現状を把握できていない砲撃部隊のメンバーに『賢者』が発破をかける。
「伴戸志姫さんの神の加護で時間を戻しました。みなさん! ここからが本番ですよ!」
『転生者砲撃部隊』は巻き戻った時間に動揺をしていたが、目前で落ちていく『飢える魔王』を見て再び気を引き締める。
正津成有は無線から聞こえる自衛隊の突然の動きの変わりようを見てすべてを察する。
「流れが変わりましたね」
「ええ、信じてもらえてなかったみたいですから……体感してもらわなければいけませんでした」
「邪神側の工作員の洗い出しもできたようです」
「よかったです。情報統制して正解でしたね」
『賢者』与謝峯琴音は礼音の『背景同化』のギフトがかかっている中で地図にポイントを新たに記入していく。
紅華は瑠衣の方を見て顔が一気に紅潮して、恥ずかしさが爆発して『賢者』にくってかかる。
「き、聞いてないんですけど!!」
「そ、そうです! こんなことをできるなら事前に教えてください!!」
丸亀礼音が作戦の変更作業に没頭している『賢者』の代わりに答える。
「邪神ソベーレと『飢える魔王』陣営に情報が漏れそうにない人間だけでの情報共有。だからしょうがない」
一同が呆然とする中、重石要が重要幹部でもなさそうな礼音にツッコミを入れる。
「ち、ち、ちょっとまって、なんで礼音が知ってるの?」
「私の耳はどこにでもある。情報収集してたらたまたま聞いた」
「え、ええ?? 隠密して……盗み聞きしてたの??」
「……そうとも言う」
状況を事前に聞いていた正津成有は補足する形で説明する。
「黙っていて悪かった。これであちらに情報が洩れる事も無く、自衛隊や転生者たちも「誰が敵か」を恐らく判断できているだろう。ただ、『時戻し』の加護は一回だけだ。次はない。気を付けてくれ」
切那と寛治は目を見合わせた後におどけた感じで話始める。
「するってぇと……今度は……」
「次、死んだら終わりって事だな」
「なぁ、『飢える魔王』も記憶残ってんじゃないのか?」
「アタシ達も残ってるんだから、そうなるな……」
与謝峯琴音は空の魔法陣から何かが出てくるのを察知していた。
「ええ、その通りです。相手も対処をしてくれるでしょう。ですが大丈夫です。どうやら間に合ったようです!」
彼女の口元には勝ちを確信した笑みが浮かんでいた。
そして、誰が援軍に駆けつけてきてくれるかを理解すると、目に涙が浮かび始めていた。
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言預美来は魔道機械人形の上で呆然としていた。
「……何が起きたの……」
「時ノ巫女ガ時間を戻シタようでス」
「……不思議な感じね……」
彼女は天を見上げると、空から舞い降りてくる女神の騎士達の姿を見ていた。
「……そう、これが……あの光景だったのね……」
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白波浪音は全てが見える丘で待っていた。
彼女も空を見上げて笑みを浮かべていた。
この世界にいる魔導機械人形から送られてくる大量の魔獣の位置座標を彼女は感じ取っていた。
彼女は足元にひかれた魔法陣の中心で魔術を発動させ始める。
『万能なるマナよ。万物を構成するエーテルよ、魔のものへと光が導く座標を示せ!!『多重標的補足』!!』
彼女は異世界にいた時によく使っていた懐かしい魔術を愛しの旦那へと送り届けていた。
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