第79話 「白波海波」と「ゼファイトス」
浪音は海波の事を魔力を込めた不思議な瞳でみつめる。
「恐らく今は……記憶が分離しているからうまく行っていないけど、しっかりと定着したらもっとしっかりと魔力やギフトを上手に使えることが出来るわ」
(もう……かなり凄いと思うんだけど……)
「……これ以上……」
(でも……僕はどうなっちゃうんだ? 記憶が定着したら?)
「俺はどうなってしまうんだ?」
浪音は海波が何を言っているのか一瞬理解できなかった。
「記憶が定着したら? ……変わらないと思うわ?」
「……あ、なんと言うか。その……俺の前世は……人に言えた様な事をしていない……むしろ裁かれるべき罪人だ……海波は……白波海波は……良いやつだ……俺とは違う……」
「変な事を言う子ねぇ……まだ記憶が混乱しているのね。私から見たらあなたは何も変わっていないわ。突然色々な記憶が戻って頭が追い付いていないだけよ」
(そんなバカな……ゼフみたいに僕は思いっきりが良くないし……)
(海波みたいに甘くはないぞ?)
「もし、前世のあなたがこの世界に生まれていれば今の海波と同じようになるわ」
「……そんな……ばかな……」
「美来さんに聞いたわ。あちらの世界でも弱い人を守って戦っていたって。こっちの世界に来ても同じことをしてたじゃない」
「……それは……」
「あなたは少しだけ……あ、違うわね……人間だと……一人分の人生を経験して戻ってきただけだと思うの。それに目の奥に見える魂の揺らぎは……小さい頃から……あちらの記憶を取り戻す前と同じだもの」
(同じ……)
(変わらない……君と俺は……)
海波は母親の言葉をかみしめて考えていた。
「なぁ……母さん……魂が変わらないとすると……あの悪徳貴族……ドロスカルが転生した人間は……変われないと言う事じゃないのか?」
「坂相君のことね……あの子は元々出世欲が強くて排他的だったわね。恐らく欲望が強い。だからソベーレの甘言に騙されたのでしょう……だけど美来さんから聞いた話だとわざと攻撃をはずしてたり、隙を作ったり……彼の心の中で戦っていたのでしょうね」
「そうか……本質は変わらないのか……」
「そうよ。魂の本質は変わらない。環境によって何をするかは変わるし、性格も変わったかのように見えるわ」
(僕があちらの世界に生まれていたらゼファイトスになってたってことか……)
(……そうか……生まれた時から家族がいれば俺は……君の様に……)
海波が考え込んでいると、女性研究員が浪音に気が付いて声をかけてくる。
「あ、主任! 『賢者』様が呼んでますよ!」
「え、あら……そうよね。ちょっといってくるわ……絶対に前線に……いや……死なないでね。あちらの世界のパスが開いた今なら「死ななければなんとかできる」わ。危なくなったら逃げるのよ?」
「……わかった」
浪音は海波の事を優しく抱きしめると、振り返らずに急いでその場をあとにした。
(死ななければ……って)
(それだけ『魔王』との戦いは激しいのだろう)
(あ、いや、それだけ『回復魔法』が凄い世界なんだなって……)
(ああ、そうだな。神の加護があれば……だが)
海波が浪音との話の内容を咀嚼し、考え込んでいる間に入れ替わる様に言預美来が近づいてくる。
「……不思議な感じよね。全然見た目が違ってもあなたに見えるなんて」
「……ラケシス」
「……その呼び方はやめましょう。海波君。美来でいいわ……あ、年上だからさんつけた方が良いのかな?」
「……体調は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫よ。神様の加護に感謝ね」
「それは良かった」
「……」
「……」
二人の間に微妙な空気が流れる……二人はお互いの目を見つめ合っていた。
「……話したい事……たくさんあるはずなのに……何を話していいかわからないものね……」
「……そうだな……」
美来はふと、周囲の気配に気が付く。
「……えっと……ルイーゼ? のぞき見は良くないわよ? 出てきなさい?」
(ルイーゼ??)
「……何を言っている?」
「……え?」
物陰から固まった表情の瑠衣と、どうしたものか困惑した表情の紅華がゆっくりと出てくる。
「……えっと……」
瑠衣の目が涙ぐみ、一瞬海波を見るが顔を伏せってしまう。
瑠衣のあまりの様子のおかしさに気が付いた美来が状況を理解して驚く。
「……もしかして……知らなかったとか?」
(え?)
(るーちゃんが……ルイーゼ?)
「……ルイーゼ……あの可愛くて小さいルイーゼ?」
(あの孤児院で女神の力に覚醒しちゃった子か……彼女もあの後……)
美来が一瞬、瑠衣の方を見て天を仰ぐ。
「……あなたがどう思っているかはよくわかったわ……気が付いてなかったのね……」
「そうか、ルイーゼが……ルイーゼまでこちらの世界に……」
瑠衣は顔を伏せ、地面を見つめる。
「……ごめんなさい……」
「君までこちらに……そうか……」
(……死んでしまったんだね……あのあと直ぐに……)
(……彼女の……優しい笑顔に何度助けられたことか……)
海波の頬に涙が伝っていく。周りの空気の変化に気が付いた瑠衣は顔を上げて海波の涙に気が付き後ずさりする。
「ごめんなさい! 黙ってて!!!」
瑠衣が踵を返してその場を走り去っていく。
「え? 瑠衣ちゃん??」
紅華がどうしたものかとその場にいる人間を見るが全員が固まって動けない状態を見てさらにオロオロとしてしまう。
(……あ、そうか……俺の事を前からゼファイトスと知って……)
(なんでるーちゃんが謝る必要が?)
「ゼフ……いや、海波君。追いかけなさい! 彼女なんでしょ!」
「へ?」
海波の意外な反応に美来が疑問の表情を浮かべる。
「あの甘い雰囲気で二人で歩いてたのは? 違うの?」
「え?」
(甘い雰囲気??)
「最初にあなたたち二人を見かけたときはデートしてたじゃない? さすがの私もショックだったのよ?」
「デートだったのか……」
紅華がいつの間にか海波の肩に手をかけて圧をかけ始めていた。
「海波。瑠衣ちゃんを泣かせるとどうなるかわかる?」
美来は呆れた表情を浮かべ憐憫の眼差しを海波に向ける。
「はぁ……前世でも周りに焚きつけられてやっと私に『ラケシス』に告白したものね……」
「……えぇ……前世でもこんなんだったの?」
「そうね……バレバレなのに言い出せなかったのよね……」
(ば、バレていただと??)
(……君の記憶を見る限りだと、普通はわかるかもね……)
「ぐっ……」
「自分の幸せは自分でつかむものよ?」
「さっさと行きなっ!」
紅華が海波の背中を力強くひっぱたく。魔力で強化された綺麗な張り手は海波を宙に浮かしながら吹き飛ばす。
「ぬ、ぬぐ……」
痛みをこらえる海波をみて美来は同情の目を向ける。
「あ、ちょっとそれは痛いんじゃ……」
「海波だったら大丈夫!」
「……行ってくる……」
「いってらっしゃいー」
「た、タフね……転生しても……作戦開始までには戻ってくるのよ!」
「わかってる!」
(あれ? どこいった?)
(……ああ、多分、あそこだ)
海波は一瞬考え込むが、前世でのゼフの記憶を思い出し、迷うことなく瑠衣のいる高台の方へと向かった。




