第1話 現代日本で覚醒したようだ
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ここではないどこかの荒野にて……
夜が明けようとするまさにその瞬間、登り始める太陽の強い光があたりを照らしていた。
一人の男が両手に持った黒塗りの双剣を杖代わりにして、体中傷まみれでぼろぼろの状態で立っていた。
全ての力を出し切り、ガクガクと震える足元には巨大な黒い竜が無残にも切り刻まれ、力尽きていた。
男は何とか生き延びていたが、黒い竜から発せられた毒と瘴気に侵され、自分の命がもう長くないことを知っていた。
男は自分のしてきた数々の悪行、盗み、奪い、殺し……いろいろとやってきた罪の報いが来たと思っていた。
男は死ぬ間際に見ると言う走馬灯のように蘇る記憶の中にいた。
男は彼のことを本気で心配し、思いやって諭してくれる人間の言ったことに対し順に心の中で返答をした。
【師匠。駄目です! もっと仲間を頼らなければ! 一人でやれることなんて……そんな事を続けてたら死んでしまいますよ!】
(……おまえの言った通りになったな……)
【私、守りたいものがあるんです……え?……だって大切な人にはずっと生きていてほしいじゃないですか? 私、この町が……】
(ああ、今なら……わかる。お前たちが生きてゆければ……)
【ゼファイトス。あなたのやり方ではあなたの本当に守りたいものが守れないでしょう。私と共に来なさい……あなたの守りたいものの未来を変えたいのなら……」
(女神よ……俺のやりかたで……十分やった……後は……みんなを……)
男は遠くの方から駆け寄ってくる人の気配に気がつく。
全身が震えながらも力を振り絞って振り返る。すると、遠くの方で一人の少女を先頭に、見知った仲間がボロボロになりながらもこちらに走って近づいてくるのを確認する。
別動隊の作戦の方もうまくいったようだった。
「ゼフ!! 今助けにいきます!!」
「待て!! 瘴気が……毒だらけだ! おまえも死ぬ!」
「離して!! ゼフが! ゼフが!!! 私なら治せる!! 私なら治せるんです!!」
一人の少女が血相を変えて泣きじゃくりながら駆け寄ろうとするが、汚染された地面と空気を見て危険を察知した仲間に羽交い絞めにして止められていた。
彼は悟っていた。仲間が自分のもとに到達してもおそらく間に合わない。
もう死ぬのだと。
彼は自分が守りたいものを守り切った事を確認した。
彼の口元には笑みがこぼれる。
(やり残したことは……ない……あとは任せた……生き延びてくれよ……最後まで……)
ゼフは遠のく意識の中で天空の光に吸い込まれていく感じがした。
(……あの方の言う事が本当なら……生まれ変わったら……平和な世界で平穏な暮らしを……して……家族を……)
ゼフの意識は完全に消失した。
§ § §
現代日本にて……
高校生の少年が空を見ていた。
(抜けるような青空だな……美しい……ここは……どこだ?)
前世では異世界人の世の中からはみ出した「ならず者の盗賊」だったはずの「ゼフ」は、高校一年の「白波海波」となっていた。
彼は校舎の壁に背を預け、座った状態で空を見ていた。
外見からは分からないが服の中は打ち身やあざがありぼろぼろだった。
後頭部と体中がズキズキと痛む中、一瞬でとてつもない量の「前世の異世界の記憶」を見た後に現実世界に帰ってきた。
海波は現実の状況を順に思い出していた。
確か、不良グループに校舎の死角になる教師にばれにくい場所に呼び出されて、その後、「格闘ごっこ」と言う「遊び」に付き合わされて校舎の壁に激突したんだった……と混濁した記憶を整理していると、不良少年の一人、釜背修太が焦った感じで話しかけてくる。
「……お、おい?! ……あ、大丈夫か、ビックリさせやがって」
「もーちょっと加減してやれよ。ちょっと良い一撃だったんじゃない?」
「ダハッ! 思ったより盛大に吹き飛ばしちゃったね」
海波を遠巻きに囲むように、気だるそうに男子生徒3人と女子生徒1人がにやにやとしながら見ていた。
体格の良い豪利竜太が拳闘士のようなポーズをして、女子生徒の間空提子に自分の強さを誇示するためにシャドーボクシングを繰り返す。
海波はゆっくりとにやにやしながら近づいてくる豪利竜太をマジマジと見る。
前世の記憶が戻る前に見たときは恐ろしく厄介に感じた男子生徒だったが、海波には好きな子に自分を大きく見せようとして、無理をしている人間にしか見えなかった。
(こいつらに体を蹴られたり、殴られたり……か、どうもあちらの世界の記憶がすごすぎて霞んでしまうな……どっちが本当の世界なんだ? 俺はどちらが本物だ? 生まれ変わったのか?)
海波は何事もなかったかのようにスクッと予備動作もなしに立ち上がる。
(体は……問題なしだな……痛みは感じる……夢ではない……新兵訓練の時と比べると児戯の様だが……)
海波は徴兵時代に鬼教官にしごかれていた事を思い出して、心ここにあらずの状態だった。
彼は目の前の状況に対応しきれず、前世の記憶の回想と現実の認識で脳がオーバーフローを起こしかけていた。
「お? まだまだ元気そうじゃん?」
様子見をしていた豪利竜太が海波の学生服のシャツをつかむと、突然腹に向かってパンチを入れてくる。海波は昔の訓練を思い出し、とっさに「異世界の力」の「魔力」を集中させて腹筋を硬化させる。前世で使用していた魔力による身体強化が発動し鉄板のように固くなる。
「あでっ!!」
豪利竜太が想像していなかった突然の拳の痛さでつかんでいた手を離し、全身で飛び跳ねて痛がりながら、殴った方の手をさすりながらうずくまってしまう。
「どうした? リョーちゃん? あれ?」
「てめ、海波! なんかしたのか?」
「おい? 抵抗したら、どうなるかわかってんだろうな?」
「い、いでぇ、手首くじいた……ちょっと、殴り方悪かったのか……クッ……ってぇ」
痛がる豪利竜太を見ていた釜背修太がはしばらくにやついて後ろで様子を見ていたが、豪利竜太が本気で痛がっていると理解したら、顔が怒りに染まっていく。
「おい、おい、おまえ! ふざけんな?」
釜背修太が興奮気味になり海波につかみかかってくる。が、海波はその腕を、子供の手をあやすように簡単につかんでピタリと止め、流れるようにクルっと腕をひねる。
(魔力による身体強化は……できるみたいだな……魔力があるのか? この世界? 誰も魔法を使っていなかったはずだが……ぐっ、頭が痛い……なんだこれは?)
「え? あ? あれ? おい、おい、離せよ」
釜背修太は最初こそ余裕の笑みだったが、力を入れてもびくともしない状態に焦りだす。その後ろで様子を見ていたリーダー格の召田宗麻と間空提子の二人はゲラゲラと笑っていた。
「おい、いいのかよ。抵抗すんのか? 画像ばらまくぞ?」
「熟女好きが喜んじゃうかもよ? 忘れちゃったのぉ?」
間空提子が笑いながらスマホを取り出し、写真をこちらに見せてくる。
海波は画像を見た事がきっかけで、混濁した意識の中でやっと現代の今の自分の置かれた立場を思い出すことができた。
記憶にかなりの混乱があるが、この世界の「白波海波」の母親の裸の写真を隠し撮りされていたのだ。中学時代からこのグループに目をつけられ、なかなか屈服しないでいたが、これが「白波海波」の弱点になって「かなり面倒」なことになっていたのを思い出していた。
「追加でお小遣い欲しいなぁ……」
「んだよな、もう無くなっちゃったもんな」
「金遣い荒すぎだろおまえ」
「え~わたしそんなに使ってないしぃ~」
後ろの二人が余裕をぶちかまして笑っていると、その笑顔が突然驚きへと変わる。
間空提子が持っていたスマホが突然「粉」になり崩れ去って地面へと落ちていった。
「……へ?」
「え? スマホが……消えた? えっ? 粉になった?」
「え、わたしのスマホ? え? ちょっと? どうなってんの?? あれ?」
突然の理解できない光景に二人は地面にむかって落ちていったキラキラと光り、風で飛び散ってゆく粉を見て絶句していた。
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