5.ぜんざい(小話)
「お帰りなさいませ、若様」
「うん。・・・桃華はどうしている?」
「姫様は書の稽古中でございます」
「そうか、わかった。ジョウ向かうぞ」
「御意」
学院から屋敷に戻ったその足で向かうのはもちろん、愛しき妹、桃華の元だ。この時間であればだいたい何らかの稽古を受けているのが常なので、直接会いには行かずに部屋の外からそっと眺めることにしている。今日は書の稽古ということで、部屋の外からこっそり覗いてみると、桃華はいつも着ているような淡い色合いの衣ではなく、墨が跳ねてもいいようにと黒色の衣を着ていた。愛らしい桃華には優しい色合いが本当に似合うが、僕はこういうきりっとした印象の強い暗い色味も似合うと思っている。というより、桃華はなんでも似合う。
「カズネ、何か変わったことはあったかい?」
カズネは僕付きの侍従の1人で、僕が赤ん坊の頃から世話をしてくれている長い付き合いの侍従だ。主に屋敷に居て僕の補佐などを担当してくれており、僕が学院で桃華の傍に居られないときに桃華のことを遠くから見守ってくれたり、桃華の1日の行動を記録して僕に伝えたりと重要な任務をこなしてもらっている。
「はい、本日はスチュワート家の方々が訪問され、旦那様と奥様がご対応されました」
「聞いているよ、公式なものではないから、僕も桃華も同席はしなくてよいと言われたやつだね」
「さようです。ただ・・・」
「ただ・・・?」
なんだ、この間は。なんかイヤ予感がするぞ。
「スチュワートご夫妻とご一緒にご子息のアレックス様もご訪問されまして、姫様よりぜんざいをもてなされ、しばし歓談された後お帰りになりました」
な、な、な・・・
「なにーーーーー」(小声)
なんということだ。咄嗟に叫び声を上げることは抑えることができたが、このままこの場に居たら、部屋中に突入しかねない。桃華の邪魔をすることは絶対に嫌だ。僕は足早に自室へと向かった。
―――
部屋に着いて座椅子に腰を下ろして一呼吸つく。すかさずやってきたカズネが僕の前に茶器を置いた。白地に桃の花があしらわれたお気に入りの茶器だ。一口だけ口に含んでカズネを見た。
「まさかとは思うが二人きりではなかったよね?」
「もちろんです。お付きのセツはもちろんのこと、何人もの侍従が姫様をお守りしておりました」
セツが居ればまあ、問題はない。とてつもなく強いから。
それよりも問題なのは僕以外の男性が桃華と二人で席に着き、あまつさえ桃華自らが指揮を執り作り上げた「ぜんざい」を食べながら交流を深めたということだ。
「僕でさえ一緒に食べたのは数回しかないというのに、赤の他人がそんな貴重な機会をかっさらっていくなんて・・・悔しすぎるっっ」
思わず机の上に突っ伏した。学院以外の時間をなるべく一緒に過ごせるようにこちらはいろいろと試行錯誤しているというのにっっっ。
「カズネ、今後スチュワート家が玉家に訪問することが決まったら、すぐに教えてくれ。愛らしさを体現している桃華と会ったんだ、絶対に懸想したに決まっている。アレックスが来る前に事前に対策を講じなければ」
「お任せ下さい。姫様は玉家の至宝、皆でお守り致しましょう」
「ああ、その通りだ!みな、アレックスとやらから桃華を守るぞ!頑張るぞ!おー!」
「「「おーーー」」」
―――
紫雲がお付きの侍従を巻き込んで一度も会ったことのないアレックスを敵認定したその頃。
すでに出港し海の上に居たアレックスは、強烈な悪寒を感じて身体を震わせたのだった。
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