序章3
視界が真っ白になったところで映像は途切れ、気がつけば先程と同じ真っ白な空間に座り込んでいた。
「俺って・・・死んだの?」
「そうです」
「わああっ」
今度こそはっきりと聞こえた人の声に驚いた俺は、座ったままで体感3メートル程の距離を跳んだ。と思う。人間ってすごい。
尻餅をついた状態で正面に立つ人物を見上げる。長目の前髪と眼鏡でよく顔が見えないが、服装から女性ということはわかる。ただ、なんとも見覚えのある気がする。オフィスで見かける女性社員のような所謂OLっぽい服装だからだろうか。なんだ・・・今しがたみかけたような・・・
「その節はお世話になりました」
急に頭を下げられて「?」状態の俺に、彼女は顔をあげてこちらを見た。多分、視線がばっちり合っているはずだ。分厚いのだろうレンズが白くて何も見えないけれど。
「あのとき、トラックから助けていただいた者です」
「あ」
すぐに合点がいった。さっきのあのトラックの事故のときに、横断歩道にうずくまっていた彼女だ。慌てて突き飛ばしたはずだが、俺が死んでいるならこの人も死んだのか?
「・・・て、俺、やっぱ死んだのかぁ」
「そうです」
つぶやいた俺の言葉についさっききいた簡潔な答えが秒で返ってきた。
「あなたは私を突き飛ばした後、信号無視で突っ込んできた大型トラックに轢かれて即死しました」
「即死ですか」
「はい」
「・・・」
「受け入れるのは難しいでしょう、自分が死んでいると」
「いえ、それはなんていうか・・・直前の様子がああなら仕方ないなと。なぜか知らないけど映像を確認できましたし。・・・けど」
「けど?」
「俺が死んでここに居るのなら、あなたも死んだということでしょう?助けたつもりだったんですが、間に合わなかったのかな、なんか・・・すみません」
自分が死んだことはまぁ、あれだが、助けたと思った人が死んでしまったのは、なんというか残念な気持ちになる。どうせなら生きていてほしかったが、こればかりはこの人のせいでは決してないので、なんともいえない気持ちになった。諸悪の根源はあのクソトラック野郎!
「いえ、私は生きています。仮に私が死んだとしても、あなたのとった行動は決して無意味などではありません」
もやもやとした感情が身体中を駆け巡っていたが、俺の問いに彼女はまたしても即答して俺を驚かせた。
「え、でも。俺は死んでここに居るんですよね?」
「はい」
「でもあなたは死んでいない?」
「はい」
真っ白なレンズがこちらを凝視している。いつのまにか彼女はお辞儀の体勢から直立姿勢になっていた。伸びた前髪に瓶底眼鏡の出で立ちだが、背筋がピンと伸びていて立ち姿が様になっている。凜とした雰囲気とはこういうことをいうのだろう。
なんとなく俺も立ち上がることにする。きっと埃なんてついてはいないだろうが、お尻あたりを片手で軽く払った。それにしても疑問しか出てこない。
「ここは・・・どこなんですか?死んでいるのにまだ夢の中ですか?・・・あなたは誰ですか?」
畳みかけるように質問を投げかければ、
「そういえば自己紹介がまだでしたね、私はシュウリというものです」
「シュウリさん?」
自己紹介をしてくれた。
「この世の端々の修繕を行っているんです」
「この世の修繕?」
「はい」
「人間では・・・」
「ないです」
淡々ととんでもないことを答える目の前のOLっぽいこの女性が、人間ではないということが、なぜだか驚くほど自然に納得ができた。今のこの状況が夢ではないと認識しているように、説明できない説得力がその存在から感じられる。不思議だが事実。
完璧に理解できることなんて結構少ない。
「あなたにはきちんとお礼をしていませんでした。ありがとうございました」
「いえ、お礼だなんて。あ、でも・・・シュウリさんはなぜあの場所に居たんですか?」
いろいろと不思議ではあるが、まず1番の不思議はそこだろう。なぜあの横断歩道に居たのか?彼女は複雑そうな表情を浮かべ少し考える様子を見せたが、やがて口を開いた。
「のっぴきならない事情です。ただ、あなたがあのとき私を突き飛ばさなければ、私は大事なものを失うところでした。」
「そうですか、それなら良かった」
彼女から初めてきく歯切れの悪い返答だったが、言えないこともあるのだろう。俺は笑ってそう返した。
「本当にありがとうございました」
もう何度目かわからない感謝の言葉になんだかむず痒い気持ちになってくる。もう、ここまで感謝されたら死んでも悔いはない。
「では俺はこのまま・・・」
「それでですね、今回あなたが旅立つ前にお引き留めしたのは、お礼ということで一つ選択肢を提案させていただきたいからなのです」
俺の言葉をシュウリさんが大きな声でずばっと遮った。
「選択肢・・・ですか?」
「はい」
「それは・・・いったいどういう?」
「あなたはこのまま元の世界で旅立つことも可能です。それが通常の道になりますが、今回私が提案したいのは別の世界で別の人間として生まれ変わるというものです。あなたが覚醒したときに見た景色がありましたね?そこで別の人間として生きてみるのはいかがでしょう。もちろん、今のあなたとは性別も異なりますし、何より現代の電子機器のようなものは一切ありません。文化的には日本でいう江戸時代の頃でしょうか。上下水道の設備は非常にしっかりしており、トイレは水洗です」
「トイレは水洗」これはかなりの強ワードだ。覚醒したときに見た景色というのは、和室っぽいあの部屋やめちゃくちゃ泣いていた美男美女たちのことだろう。
「あなたが生まれ変わる先は大商人の娘です。言語は今の日本語とかわりはありません。英語や中国語も存在します。地球の歴史と同じような道を歩んでおり、似たような人種と文明が存在しています。あなたは生前、習得した言語を活用して仕事をするのにやりがいを感じ、業務に忙殺されながらも毎日が充実し昇進も近日内に決定するはずでした。私はその未来をみたときに今回の選択肢を提案しようと思いました。いかがですか?今の知識や経験をもったままほぼ1から人生を歩むのです」
「確かに昇進の打診は受けていました。すごく嬉しかったし、おっしゃった通り外国語で他国の人と仕事をするのも大好きです。けど、なんで性別が女性なんでしょうか?!」
「魂と肉体の結びが合うのがあの人間しかいなかったからです。あの人間は最初から魂が宿っていませんでした。あの家族たちは娘が目を覚ますのを心待ちにしていますが、魂がない以上それは不可能となります。そこであなたの生まれ変わる先をその肉体にし、結果としてその家族を救うこともできればと思ったのです」
「そうですか・・・」
「ただし断るも断らないもあなたの自由です。断ればそのまま旅立ちの道にのって去るだけです。断ったからといって何かあるというわけではないので、ご心配なく」
「でもそうするとあの家族たちは」
「あと数年もすれば生まれ変わり先の人間の肉体は終わりを迎えるでしょう」
「・・・」
俺はお節介ではないし、お人好しでもないが、そんなことを言われると考えてしまう。終わりを迎えるということはあの小さい女の子は死ぬということ。そしてきっと美男美女家族は悲しみに暮れるだろうということ。知り合いでもなんでもないのに、悲しくなってくるではないか。
俺の選択で救える命があるなら、救いたいと思ってしまうではないか。
「シュウリさん」
「はい」
「俺、やってみます」
「承知しました」
柔らかな光が俺の周りを照らし出していく。やがて視界も白くなって目の前のシュウリさんも見えなくなった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。これにて序章は終了です。次の投稿からはようやく本編突入になります。投稿間隔が空いてしまい、申し訳ありませんでした。週1の投稿を目安にはしていますが、遅れた場合は気長にお待ちいただければ幸いです。ありがとうございました。




