24.恋はこうやって始まるのでしょうか(小話)
アレックスを見送ったあと桃華を屋敷まで送り届けたカイは玉家の門前に居た。別れの挨拶をして屋敷へと入っていく桃華。カイは桃華の後に付き従い、横を通り過ぎようとしたセツに「少しだけ話せませんか」と声をかけた。一瞬怪訝そうな表情を浮かべたセツだったが、近くに居た他の侍女に言付けすると、「手短にお願いいたします」とカイに向き合った。
「港での出来事ですが、桃華様は母子の前に飛び出そうとしていましたよね?セツさんが止めたから無事でしたが。・・・いつもあのような行動をなさるのですか」
馬の鳴き声を聞き桃華の元へ走り出したカイは、その途中に人込みの隙間から桃華が飛び出そうとしたのをセツに止められた光景を目撃していた。普通の女子でも足が竦み出られないところを、蝶よ花よと育てられた令嬢が馬の前に飛び出すとは。生まれた頃から身体が弱く、病に打ち克ったあとも、家族から回復を優先するようにと、玲瓏学院への入学を数年延ばされたほど大切に育てられたならば、なおさら自身の倍はあろうかという馬の前に出ようなどとは思えないはずだ。カイは桃華が玲瓏豊の民のことを大切に思っていることは知っていたが、まさかここまでとは信じられなかった。
セツが桃華を止め、馬の持ち主もすぐに対処したので問題はなかったが、もしセツの腕からすり抜けて母子の前にでていたら?馬の持ち主がすぐに来なかったら?そうなっていたら桃華は怪我を負っていたかもしれない。カイは桃華の取った行動にひどく興味を持っていた。
「はい。驚かれましたか?ですがあれが姫様なのです」
セツはカイの問いかけにはっきりと答えた。門前から少し移動した場所で話している二人を、玉家の使用人たちは気にせずに屋敷内へと出入りしていく。
「普通の令嬢ならきっと足が竦んでその場から動けなくなるでしょう。いくら自領の民とはいえ身を挺すのは危険です。ですが桃華様は動いた、なんのためらいもなく」
「お小さいときに長らく患った病を克服して、外を歩き始めた頃からでした。誰かが危ない目にあいそうになると、姫様は走り出して庇おうとなさるのです。旦那様と奥様から怪我をしてはいけないからと、何度もやめるように言われてからようやくご自身ではなく私たち使用人を向かわせるようになりました。ですが稀に先ほどのように考えずに飛び出そうとすることがあるのです」
「それは・・・まるで身体が勝手に反応しているといった感じなのでしょうね」
セツの表情がわずかに動いて、意外そうな表情を浮かべた。
「まさしく。生来生まれ持った優しさと慈しみの心が姫様を動かしているのだと思います」
「桃華様の中にある人を助けたいという気持ちが恐怖を抑えて飛び出す力を与えているのですね。いつその時が来るかわからない中で護衛する側もさぞ大変でしょう」
「このぐらいで「大変」などというものは玉家にはおりません。私たち姫様に仕えるものは、姫様が危険に飛び出す前にお止めできるように常に備えるだけです」
揺らぐことのない瞳がセツの言葉は真実だと物語っていた。
門前でセツと別れたカイは馬車には乗らず、護衛の一人を連れて夕焼けに染まった町を歩きながら帰路についていた。その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
カイにとって今日知った桃華の新しい一面は非情に嬉しいものだった。
導くべき立場のものが後先考えずに前に出ることが果たして常に正しいかはわからない。だがそれでも守られるのが当たり前の立場で、他人のためにああも迷いなく身体を投げ出そうとするのは打算ではなく本能で動いているということ。桃華は人のために身を挺すことを厭わない無償の愛と優しさを持つ人間だということだ。
カイの中に桃華の人物像が徐々に積み上がっていく。桃華が作り出した「ぜんざい」、夕暮れの海が好きなこと、損得のない無条件の「優しさ」、同年代の女子とは違う大人びた雰囲気。
カイの中に一つの答えが導き出された。今まで感じていた情報が上手くはまり一つの絵になった瞬間だった。これは偶然ではない。はじめてぜんざいを食べた日に感じた直感は正しかったのだと確信した。
「やっぱりあなたは僕の運命の相手だったんだ」
また出会えることができたら、一緒になるんだと心に決めて生きていた。カイは両手の拳を固く握った。
「必ずあなたを振り向かせてみせます」
沈む夕日に覚悟を伝えカイは雑踏へと踏み出したのだった。
ようやく次回以降、桃華も恋に目覚めていきます。
どんな恋になるかゆるくお待ちいただければ幸いです。
ここまでお読みくださりありがとうございました。




