18.甘くて、酸っぱい?(小話)
学院のない休日。俺はセツと一緒に玲瓏豊の人気菓子店へ敵情視察に行こうとしていた。玲瓏豊で「ぜんざい」は高い人気を誇るが、それにあぐらをかいていては発展なしだ。前までは外出に制限がかかっていたが(主に紫雲からの圧力)、学院への入学を果たしてからは両親からの後押しもありセツと数人の護衛を付けることを条件に、自由に外出できる権利を得ていた。
だが今俺は呼び出された居室にて紫雲と対面で座っていた。丸い籐でできた卓と同じ素材の椅子。卓の上には檸檬のスライスが浮かんだ控え目な甘みの冷たい飲み物が置かれていた。目の前に座る紫雲の眉間には皺が刻まれている。なんというか「怒っていますよ、私は」という表情をしている。紫雲がこんな顔をしているのは初めてだ。いつも俺(妹)に会うときはでれでれした顔か感動と幸せで泣き叫んでいるかのどちらかしかないのである意味新鮮ではある。
(なんでこんなことに・・・。いや、アレが原因だよな)
理由はわかっている。カイからの誘いを受けたのを早速耳にしたんだろう。事後承諾にはなったが両親にはすでに話してオッケイをもらったのだが、紫雲に話すのは気が引けてしまい結局週末まで言わずじまいになってしまった。それがこの事態を招いたんだろう。
「桃華、兄様に言うことがあるね?」
胸の前で腕を組んでこちらを見つめている紫雲が重たい口を開いた。今まで聞いたことのないトーンに少しだけびびってしまったが俺はアラサー男子だぞ、十代の若者に負けてたまるか。
「カイ様のことを知るために、留学のあいだ親交を深めることになりました」
(どうだ、はっきり言ったぞ。こういうことは濁さず明確に伝えることが大事だ!)
一息で言い切った。うん。目の前の紫雲は微動だにせずこちらを見つめている。
(そんなショックだったか、でもいつもみたいに泣きわめくこともないし。案外平気だったのかな?)
「兄様?」
あまりの反応のなさに必殺上目遣いを繰り出したが、いつもなら「なんて愛らしいんだ!」と抱き着いてくるはずが姿勢は変わらず険しい目つきでこちらを見ていた。
・・・あれ、瞬きしてない?
そう思ったとき、セツが音もなく近寄ってきた。
「若様は目をあけたまま気を失っていらっしゃるようです」
「えっ」
「姫様のお言葉が衝撃的過ぎて動きを止めてしまったようですね」
いつもの感情のない声音でセツはささやき、言葉の最後には呆れを含んだような溜息までつけて目の前の次期玲瓏豊豊主を冷めた目で見つめた。
(う、なんか罪悪感)
俺の発言でキャパオーバーした紫雲がセツの冷たい視線にさらされるのを見ていると、一緒に育った兄妹の情が湧いたのかなんとなく申し訳ない気持ちを感じ俺は席を立った。
紫雲付き侍従のジョウが紫雲に近づくのを片手でとめて紫雲の横に立つ。そのまま紫雲の肩を抱きしめて優しく声をかけた。
「兄様、起きてください」
俺の声に紫雲ははっとしたようだ。長い間開きっぱなしで乾燥したんだろう、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら俺の方を向いた。顔は衰弱したように生気がなくなっている。
「桃華・・・」
「はい」
紫雲の瞳がうるうるしてくるのが見て取れる。
「兄様はとても悲しいよ。桃華が好いた相手ならば兄様は無条件で応援するのに、どうして一言も相談してくれなかったんだい?」
今にも泣きそうになっているが、どうやら俺がカイのことを好きになったと勘違いしているらしい。
「好いたわけではありません。カイ様から思いを告げられましたが、一度はお断りしました。ですが強い覚悟をなさって私に会いに来たとおっしゃられたので、気持ちに応えられないとしてもその覚悟を無下にすることはできませんでした。何もできずに帰国すれば未練が残るでしょうが、私がきちんとカイ様と向き合いお互いを知った上で、その後結果が望まぬものとなっても私への恋情には区切りがつくでしょう。未練など残さず次の恋に踏み出せるはずです。だから分かるでしょう、兄様。私は別にカイ様と結ばれたいと思っておりません。親交を深めることにしたのは私のことをすっぱり忘れていただくためなのです」
なるべくゆっくりと早とちりする紫雲がこれ以上勘違いしないように優しくさすさすと背中を撫でながら語りかけた。
俺の言葉が届くのにちょっとしたタイムラグがあったが、紫雲はうまく噛み砕けたようで生気のない沈んでいた表情が一気に明るくなったと思ったら、俺の手を力強くも優しくという矛盾した動作で包み込んだ。
紫雲の瞳にきらきらとした星が舞い戻っている。
「なんだ、そういうことだったのか!ああ、良かった!どうしようかと思ったよ、もしあの男に嫁ぐなんて言ってしまったら!本当に良かった。(・・・隣国の第二王子を手にかけるところだった・・・)」
そういうと紫雲も立ち上がり俺のことをぎゅっと抱きしめた。
(日本に居た頃はよく弟をハグしていたけど、弟も俺のこと弟馬鹿とか思ってたのかな)
ふと浮かんだ遠い地に居る弟に思いを馳せていると、紫雲が頭を優しくなでた。
「桃華は本当に素晴らしい妹だ。好きでもない奴の気持ちを汲んで相手をしてやるなんて。なぁジョウ」
「はい。もちろんです」
「セツもそう思うだろう」
「はい。姫様は美しく聡明で思いやりに溢れ創造性豊かで驕らず努力を怠らないまさに人を導くそんなお方です」
セツは瞳を閉じたままさも当然のことだというように一息で言い切った。
(セツの中の俺、凄すぎない?どんな人間だよ)
心の中で突っ込みを入れているとセツに同調してしまった紫雲が、妹馬鹿のマシンガントークを繰り広げ始めた。こうなってしまっては手に負えない。なぜなら紫雲の放ったボールをキャッチするのがジョウであれば、「はい」とか「そうですね」とか「もちろんです」で投げ返すことはしないのだが。セツが相手だと更なる文字数でボールを紫雲に投げ返すもんだから二人の気が済むまでえんえんと桃華褒めのキャッチボールが続くのである。
(いったん、落ち着くかー)
紫雲の腕の中で脱力することに決めた俺は紫雲に全体重を預けた。桃華の身体は軽いので負担じゃないだろう。腕の中から紫雲を見上げると妹をほめまくり持ち上げまくる紫雲は下から見ても美形だった。こんなに妹馬鹿なのに玲瓏学院では首席で学業も剣術も体術も優れた超エリート男子だと誰が思うだろう。・・・いや、みんな知ってるか。全然隠してないもんな。
(妹馬鹿爆走状態の紫雲のうっとおしさはぴかいちだが、それでもさっきみたいに意気消沈しているよりはこっちのほうがいいかな)
セツと桃華褒めを競い合う紫雲を見ながら俺は心の中だけでそう願った。
ここまでお読みくださりありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
次回は今月末の投稿を予定しております。




