16.甘くて、酸っぱい?
「桃華様、今日もお願いしていいかな?」
「はい・・・」
冬が過ぎ、春の訪れを感じる季節。
俺は玲瓏学院に無事入学した。周りはアラサーの俺より一回り以上も年下でしかも女子生徒ばかりで居心地はかなり悪い。ただし、良いことが一つあった。それは商売に有用な流行をつかめることだ。授業の合間に挟まれる休憩時間に飛び交う会話に聞き耳をたてつつ、彼女らの流行を探る。ときたま話しかけてくれる子に感謝しながら笑顔で対応した。みな途中入学の玲瓏豊豊主の病弱な一人娘がようやく学院へ入学となって、最初の内は距離感があったが一ヶ月も過ぎればその違和感も消えて行った。俺もうまくとけこめるように頑張っていて、それなりにうまくやっていたはずだった。そんな中予期せぬ出来事がふりかかってきた。
「カイ様、このように毎日となると、あらぬ噂が立ってしまいます。どうか兄の紫雲か別のご学友にでも頼まれてはいかがでしょうか」
「君も知っているだろう。君の兄上が僕のことを大層嫌っているのを。それに僕は君が良いんです」
「では今回を最後にしてくださいね」
「約束はできないけど」
「・・・では参りましょう」
俺の後ろをついて歩くのは「玉風会」にて一度だけ会ったカイだ。彼は本名を伏せてはいるが隣国の王子様だ。なんとカイは身分を隠し、しかも俺と同じ時期に玲瓏学院へ入学して短期留学をしている。玲瓏学院では男女別で受けられる授業が違い、基本的に午前の座学が主の女子と違い、男子は午後からも体術や剣技などの授業を受けられる。申請すれば女子も受けられるが、申請者は年に一人現れるかどうからしい。俺も身体を動かす授業を受けたかったのだが、普通に家族に却下(体調が万全ではない)、もとい紫雲の大反対にあいお流れとなった。紫雲は午後の授業が終わるまで俺に待ってもらって一緒に帰ろうという作戦を立てていたらしいが、俺も含め女子生徒は授業が終われば一目散に帰るので紫雲は目論見が外れたと涙をこぼしていた。だって時間がもったいないもの(ぜんざい屋経営者談:俺)。
そんなわけで俺は授業が終わればさっさと帰宅するのだが、カイも座学のみで帰宅をする日があるらしく、その度に俺を学院前の門にて待ち伏せしている。んでもって玲瓏豊の案内を頼んでくるのだ。きけば午後の授業を受ける日もあるとのことなので、紫雲に頼めよーと思うのだが頑として受け入れてくれない。カイが隣国の王子と知ってしまった以上、無下に扱うこともできないし、けど婚約者でもない男と頻繁に二人きりで会うのは体面上宜しくないし、あと、その話をききつけた紫雲が暴走直前でもある。行き詰まり感がすごい。
どうすればいいのか、誰か教えてください。
「桃華様?」
ぼーっと現実逃避していたのだが、カイに呼び戻されてしまって慌てて緩く頭を振った。とりあえず目下のミッションをこなさなければ。
「今日は東の大公園をご案内します。今の季節は沢山の種類の花が咲いていてとても綺麗なんです」
「早くみてみたいな、きっと美しいんだろうね」
「はい、きっと気に入ります」
玲瓏豊の東側に位置する大公園には色とりどりの花々が咲き乱れていた。香りの強い花からの芳香と緑の瑞々しい匂い。生命の息吹をあちらこちらに感じるまさに春の化身のような公園だ。ひらけた場所にはピクニックみたいに、お弁当を広げて楽しむ家族連れもちらほら居る。俺はセツが広げてくれている日傘の下、隣にいるカイにあれこれ説明をしていた。カイの侍従は一歩下がって後ろをついてきている。ゆっくりと歩きながら俺の話をきいていたカイだが、ふと立ち止まって目立つ位置にある俺にとっては見慣れた木を指した。
「あの木はなんだろう、まるで公園の象徴のようだけど」
「あれは桃紫華の木です。薄紫の甘い香りを持つ花をつけるのです。玉家の屋敷にもあるのですよ。そういえば、前に玉風会にてカイ様もご覧になったはずです」
「白い庭園で一本だけ満開の花をつけていた、あの木のことだね。花が咲いていなかったからわからなかったよ。確かにとても綺麗だった」
「ありがとうございます。ぜひ次の玉風会にもいらしてください。毎年展示物はかわりますが、いつも桃紫華の花が咲くころに開いていますから」
「楽しみだな。また玲瓏豊を好きになる理由が一つ増えた」
カイは俺の横を歩きながらとびきりの笑顔を見せた。まさに好青年。たぶん芸能界デビューしたら瞬く間にスターになりそうな感じだ。紫雲も負けてないけど。
公園の一角にある東屋の一つ。たどり着いたそこにはすでに侍従たちが飲み物と菓子を用意して待っていた。俺とカイは向かい合うように座って一息つく。大好きな茉莉花茶を味わっていると真剣な顔つきのカイと目が合った。
「桃華様、僕の言ったことは覚えていますか?」
「なんのことでしょうか」
はて。本気で覚えてないけど・・・
「数年前に玉風会でお会いしたときに、あなたは初恋の人だとお伝えしたことです」
カイが切なげにほほえむ。俺はその悲し気な様子にすごい悪いことをしたような気分になった。
そういえばそうだった。数年前、ほんのいっときだけ持ち上がった婚約話。父である彩雲が断ったはずだが、後日玉風会で会ったカイにそんなことを言われていたよ。すっかり忘れてたけど。だって俺の中ではもう終わった話だったのでしょうがない。第一、男と結婚するのはいまだに考えられないのだ。願わくば玉家で商売の道をきわめて、少しでも家の発展に貢献して生きていきたい。
「カイ様、ありがたいお申し出ですが、そちらの話はすでになかったものとなったはずです」
「知っているよ。青河国から正式に辞退の申し出があったから」
「では・・・」
カイは俺が言い切るよりも先に言葉をつないだ。
「諦めきれないんだ。僕のことを何も知らないまま、まだ始まってもいない恋を・・・終わらせたくはないんだ」
まさかこの俺がドラマのようなセリフを言われる時が来ようとは・・・。
でも、あなた、確かぜんざいに恋したのでは・・・?
時間が止まったかのように固まる俺の横を春風が駆け抜けていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




