7.三日月と男装2
桃華達が去ったあとの護衛二人のお話になります。
桃華達一向が去ったあと、到着した警備隊がそれぞれ関係者に話を聞いていた。(※警備隊=日本でいう警察の役割を担う部署)
その場に残っていた玉家の護衛二人は捕縛した男の横に立ち、事の成り行きを見つめながら、いつこの場から離れようかと考えていた。
突然遠くからどかどかっと慌てたような足音が近付いて来るのが聞こえてきて、足音の多さから五~六人は居そうだと当たりを付ける。
少しして道の角からばっと現れたのは、警備隊とは違う色の官服を着た中年の男性だった。
この国の警備隊の官服は紺色で統一されているのだが、現れた男は臙脂色の官服を身につけていた。臙脂の色を持つ担当部署といえば外交を担当する「折衝部」である。
「あれ・・・あの男・・・」
「折衝部大官の白木〈はくぼく〉だ」
護衛の一人、長い薄茶の髪を三つ編みにして後ろに垂らした、切れ長の目を持つシンがつぶやいた。薄茶の柔らかな髪と顔立ちが猫っぽくてかわいいと同僚の女性から人気の優しげな面持ちの少年だ。シンの言葉にもう一人の護衛のレンが続く。レンは黒髪を高い位置でまとめあげ、彫りの深い顔立ちで意志の強い瞳をしている。男らしくて素敵とこれまた同僚の女性から人気の凜々しい顔立ちの少年だ。そしてその強い瞳で男の動きを視線だけで追っていく。
白木は人の良さそうな丸顔をくしゃっと歪め、息は荒く、額には汗を浮かべている様子が離れていても確認でき、相当焦っているのが見て取れた。白木はそのままの勢いでカナンと名乗った少女の元へ走って行く。
「カナン様、ご無事でなにより!」
「白木さん、そんな慌てなくとも、わたくしはこの通り何事もなくてよ」
「はい、本当にお怪我などされず、良きことです。殿下も心配していらして、こちらに向かわれているようです。馬車をご用意しておりますので、ひとまずそちらでお休み下さい」
「まあ、そうなの・・・面倒ね。あっ、それよりも」
カンナがなにやらごにょごにょと白木と話し始めた。白木のあとにゼイゼイと息を切らしながら到着した折衝部の男一人が、カナンから事情をきいていた警備隊2人に手招きをした。少し離れた場所まで連れて行くと、周囲から隠すようにして懐からあるものを取り出して見せた。隙間から一瞬だけ見えたそれは手の平に収まる大きさの物で、黒漆に金と青で緻密な装飾が施された金印だった。王族からの重要な任務を仰せつかるときにだけ持つことが許されるものだ。
金印を見た警備隊はぎょっとした顔をして、それからすぐに他の警備隊へと声をかけ始めた。すると先程警備隊と話していた折衝部の1人が玉家護衛のシンとレンの方へ向かって歩いてきた。そして警備隊に見せたように金印を見せる
「お二方、本件は折衝部で対応致しますので、こちらの方ははすぐに解放していただきたく」
「なにやら大事のようですね」
「はい。そして、ここで見た事はどうかご内密に」
「「内密にですか?」」
「ご協力感謝致します」
シンとレンは解放するのかの字も言ってはいない。先手を打って感謝を述べた折衝部の役人は、二人から「解放する」という選択肢を強要してきた。普通に考えれば金印所持の折衝部の役人といえど、玲瓏豊主の家の者に対してこのような態度を取るということはあり得ないが、今は桃華様のお忍び町歩きのため身分を明かしてはいない。何の説明もなくこの場から離れろということは、それほど重要度が高い案件の証明とも言える。意地を張ることでもないので、空気を読んで2人は捕縛していた男の縄をほどいた。
縄をほどかれた男はさっと立ち上がって「ご迷惑をおかけして、申し訳ない」と一言、そして頭を下げると静かに移動しカナンの横に立った。
「ふーん」
「そういう事か」
シンとレンは一連の出来事から同じ結論に辿り着いた。
おそらく今回の茶番劇はカナンという少女の自作自演ということだ。
というのもつい先日『外国の大富豪が青河に花嫁捜しに来ている』という情報を王都での用事の際に信頼できる情報筋から入手したのだが、どうやらその噂はかなり真実に近いものだったらしい。ほとんど当たっている。ただし目的は『花嫁』捜しではなく、『花婿』捜しであること。桃華が扮した明らかに良家の子息に急に許嫁の有無をきいてきたのも、花婿捜しとなれば納得である。カナンはこの路地でわざと暴漢に襲われた振りをして、自分を助けてくれる素敵な「結婚相手」を誘き寄せる作戦だったのだろう。古典的ではあるが良い人間であるかを見極める際、助けを求める声にどういう反応をするのかは重要な判断材料になりうる。すぐに手を差し伸べることが出来る人は、善良な人柄と勇気を持ち合わせているということの証だ。
それと噂では来ているのは「外国の大富豪」とのことだったが、これも惜しいところではあるが間違いである。それは折衝部の対応からわかる。折衝部が持つあの金印は相当重要な任務のとき且つ、主に王族絡みの案件のときにしか持つことができない。よその国の大富豪が来たくらいで折衝部が動く訳もない。折衝部が動き、なおかつ特別重要な金印を持つとなれば、あのカナンという少女の実の身分もおのずと浮かび上がってくるというものだ。
「お姫様かな」
「だな、多分」
シンとレンはいまだ話を続けているカナンと白木を横目で見ながらやり取りをする。どこの国かは推測でしかないが、十中八九、国境を接しているあの二国のうちの友好的な国の方だろう。
自国の王族と他国の王族のナニカに玉家の者が変に絡むと面倒なことになりかねない。主から命令されたのであればいざ知らず、独断で動くことはできない。いち護衛である二人がこれ以上この場に居る必要はないと判断して玉家に戻ることにした。
声をかけてきた折衝部の役人に向かって一つ会釈をすれば向こうも気付いた様子でこちらに向かって会釈を返したてきた。さあ帰ろうかと足を向けたとき、折衝部が出て来た方向からまたしても白木が来たときと同じようなざわめきが近付いてきた。
「今度は誰かな」
「お姫様の次は王子様だな」
「見てく?」
「ちょっとだけならいいか」
先程のカナンと白木の会話を耳聡く聞いていた二人は、白木の発した「殿下」という言葉を聞き逃さなかった。好奇心から隣国の王子を一目見ていこうと、シンとレンは立ち去る風を装いながら適当な物陰に身を隠すことにした。幸いなことにこの路地には身を隠せるような木箱やらがそこかしこに積まれていて、なんなく二人は物陰へとその身を滑り込ませた。
また複数の足音が段々と迫ってきて、ついに目当ての人物が道の向こうから姿を現した。折衝部の人間はもちろん、服装からみて自国だろう護衛も引き連れて現れたのは「王子様」にふさわしい端正な顔立ちの少年だった。
青みがかった艶めく黒髪を上にひとまとめに団子にしていて、年の頃は玉家の若様と同じくらいか少し上に見えた。鼻筋はすっと通っていて、竹林のような清廉したきりっとした雰囲気を持ち、優しげな目元に琥珀色に煌めく美しい瞳をしている。「王子様」は小走りのくせになぜか上品に見える足取りでカナンの方へと向かう。そしてカナンの横に控えていた白木の前で足を止めた。
「白木殿、愚妹がご迷惑をおかけしました」
「滅相もございません。つつがなく過ごせるようによく尽くせと主から命じられております。ご迷惑などと仰られませんよう」
白木はそう言って殿下の後ろへ下がった。
殿下はカナンの前に立ち、心配そうに顔を覗き込む。
「カナン、ケガはないかい」
「もちろんよ!わざわざ来なくとも良いですのに」
「あのね、僕らは一応極秘で来ているんだよ?何を企んでいるのかは知らないけど、白木殿や護衛のみんなに迷惑をかけるんじゃないよ」
「う・・・。しょ、しょうがないじゃない!でも、きいて!良さそうな人を見つけたの!」
「落ち着いてカナン。その話は馬車に乗ってからにしよう」
「そう?実は兄様も知りたいのね!わかったわ、それじゃあ早く行きますわよ!」
カナンと会話を始めた「王子様」こと殿下の登場で、折衝部一向はようやくカナン脚本の自作自演の舞台に幕を下ろして引き上げることができるようだ。カナンを先頭に白木や折衝部が続き、全員がぞろぞろと来た道を戻っていく。
人影があらかた消えたのを見計らってから、シンとレンも玉家に戻ろうと物陰から出て行く。
「あのお姫様と王子様は血縁関係があるのかな」
「さあな」
シンとレンは先程遭遇した雰囲気の全く違う兄妹を思い浮かべた。他国に来てあそこまで自由奔放に振る舞う嵐のようなカナンと、まだ少年と呼べる年齢で王族たる気品を持つ優しげな印象のその兄は、同じ親から産まれたとは思えない。どこからどう見ても血の繋がった兄妹だと分かる玉家のご兄姉とはまったく違う。
そういえばと急にシンが切れ長の目を大きく開いてレンの方を向いた。
「あの国には王子が三人とお姫様一人の四兄妹だったよね?」
シンの態度に眉間に眉を寄せながらレンが答える。
「ああ。確か末子であるお姫様はあまり外に出ないってのを聞いたことがあるが・・・」
そうして二人ははっとした顔で見合った。
「僕もそう聞いたことある。なんか体が弱いせいであんまり外出できないって。でもさ、さっき凄く元気そうだったよね」
「確かに・・・かなり元気そうだったな」
「なかなか興味深い場面に出くわしちゃったね・・・。戻ったらとりあえず報告かな」
「だな」
「ちょっと待ってもらえるかな」
「「っ」」
いい加減にこの場から離れることを決めてようやく玉家への帰路につこうとした二人だったが、いつの間に居たのか先程姿を消した筈の「王子様」が二人の背後に音もなく現れた。
シンとレンは慌てて飛び退き、そしてあまりの出来事に驚いた。二人とも同じ年に玲瓏豊で産まれてから、同じように育ち、そのまま両親と同じように玉家に仕える身となった。丈夫な身体と身体能力の高さを買われ、護衛として生きるようになってから5年が経った。日頃の鍛錬は欠かさず、先輩からの教えを胸に刻み、玉家の盾になれるようにお互いに精進している。
それなのに、「殿下」の気配に気付くことが出来なかった。
シンもレンも背後を簡単に取られたことに動揺していた。後ろを取られるのは最もあってはならないことだ。戦など経験していないような年下の子供になどとなれば、最悪護衛の任を解かれかねない。あまりの落ち度に脈が速く打つのを感じる。
シンは目の前で微笑みを浮かべる男に得も言われぬ不気味さを感じた。初見で受けた印象とは違い、今その身を包んでいるのは嵐の前の静けさのような不穏な雰囲気だった。
レンは目の前から放たれる男の圧力に飲み込まれないように目を離さないでいた。一挙手一投足を見逃さまいと目の前の人物に集中する。次にどんな一手を仕掛けてくるか予測も出来ない。
緊張した空気が漂う中、殿下が口を開いた。
「誰かが見ている気がして、人の気配を探っていたらあなたたちが出て来たのでお願いに来たんです。先程の件、念押しをしようと思いまして」
「念押しですか?」
シンが訝しげに聞き返す。
「私とあの妹の身分はあなたたちのご想像通りです。妹は身体がとても弱いのですが、今回は少し事情が違いましてね。病弱で通っているのに他国でああも元気に動き回っているとなれば、まるで嘘をついていることになってしまいます。なので、先程の件が外部に漏れると色々と面倒なんです」
「それなら心配無用です」
「本当ですか?」
「こちらも少々込み入っておりまして。外部には他言致しません」
「外部には・・・ですか。まぁ、良いでしょう、それでは宜しく頼みます。ではこれで失礼します」
「「お気を付けて」」
姿が見えなくなるまで見送ったあと、ようやく二人は顔をあげた。同時にふーっと息を吐き出す。先程まで周囲を包んでいた張り詰められた空気が消えて、人々の喧噪や草木を揺らす風の音などが一気に耳へと流れ込んでくるのを二人は感じた。「殿下」と相対していたあの時間は二人が経験したことのないものだった。少し言葉を交わしただけだったが、今まで遭遇したことのない「異質」さだった。終始浮かべていた微笑の下に何があるのか、結局最後まで欠片も掴みとることは出来なかった。
「まだまだ鍛錬が必要だね」
「そうだな」
シンとレンは周囲の気配を確認して誰もいないことを認めると、やっと路地から表の道へと出た。太陽の光が心地よい、いつもと変わらないあいかわらずの玲瓏豊の景色が広がっている。
トントンとつま先を軽く動かしてぐーっと伸びをすると二人は歩き出して、やがて玲瓏豊の町並みへと消えていった。
ここまでお読みくださりありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




