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ゾンビ探偵  作者: 勇出あつ
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はじまり

 名古屋からの出張の帰り、キャリーケースを杖代わりにして立っていると、自宅方面の電車が来る気配がないことに気づいた。

 やけに駅のホームに人が少ないと思ったら運転休止していたらしい。自分の他には黄色い線に沿って二人三人ほどしかいないのが見えた。

 イヤホンを外すと、ちゃんと注意のアナウンスが聞こえてくる。

「ただいま各駅の人による混乱によって、運転を休止しております」

 なんだそりゃ。なにかのお祭りでもあったのか?

 再開のめども立っていないようなので、ホームを出てタクシー乗り場を探すことにする。

 ボロめのジーンズに上は緑のシャツその上に白のカッターという格好だったから身軽にうごけた。

 駅に掲示された周辺地図のおかげですぐに乗り場にはついた。だが、タクシーによくある黒い車体も、黄色い車体も、ひとつも見つからない。

 まだ夕の四時をまわったところだからあっていいはずなのだが。ため息をこらえつつ、ケースをひきずり違う方角のバス停を目指した。

 移動しながら他の点にも気づいた。タクシーだけでなく、人の姿もない。売店の販売員も見当たらない。複数の路線が通る大きな駅だ。

 不審に思ったが、もしかすると僕が気づいていなかっただけで運休の情報はすでに世間に知れ渡っていたのかもしれない。今はネットの時代だ。

 西口へ向かうのに外の市街地を歩くと、すぐに異常な光景を前にして足を止めた。

 人々がなにかから逃げまどっている――人からだ。

 荷物や外聞も放り出して必死に逃げようとしている。同じことをしているのは一人二人じゃない。集団がパニックになっていた。そのうちの何人が、だれかを追い回したり、襲おうとしていた。

 何が起きているのか理解できず動けなかった。女性、子供や老人たちの悲鳴が建物の向こうの通りから聞こえてくる。

 ポジティブに考えると若者のなにかのオフ会とか、お祭りさわぎにも見えなくはない。悪いほうに考えればなにかのテロとか? 

 バス停のほうから一台の乗用車がこちらに迫ってきた。信号や法定速度などないかのように突進してくる。

 その道の前に、二人の人間がふらりとあらわれた。女性が男性の首筋に喰らいついており、二人は組み合い襲われている男が道の真ん中に押し出されるような格好になっている。

 車はそれを派手に跳ね上げた。ブレーキをかけようとしたのは普通よりかなり遅かったように感じた。車とすれ違った時運転手は肩から血が出ているのをおさえているように見えた。

 車は停止したあと、すぐにゆっくりと発進し角を曲がって消えた。

 他の人たちが轢かれた人の心配をしに駆け寄ってくる様子は、なかった。僕の後ろから来た人でも死体には目もくれずどこかへ行く。

 その死体二つに目を奪われていると、死んでいたはずのそれはやがて赤ん坊のように手をついて立ち上がった。血がアスファルトの上に流れている。顔はひしゃげていた。

 銃声が鳴り響いた。どこかで。

 気づいたときには僕は阿鼻叫喚の絵図のなかを走り出していた。他の人たちと同じように。

 最短距離でバス停までいくのはあきらめた。人気のない道を使って迂回する。それでもさっきと同じ光景は何度も目にした。鬼のような形相をした誰かと、恐怖と汗をを全身にまとい逃げる誰か。

 僕にも手を広げてつかみかかろうとしてくる奴がいた。無差別に危害を加えようとしていたのはわかっていたので、こちらにがむしゃらになって持っていたキャリーケースを振り回し、盾にしたりしながら移動し、気づけばロータリーに到着していた。

 車体の長い茶色のバスが一つだけ停まっている。

 乗客の姿はない。前から乗り込もうとすると、運転席にはタバコを呑気に吸っている若い男がいた。顔がピアスだらけで、かたわらには血塗れの木製バットがある。

 ふと後方座席のほうを見れば、窓には内側に血が飛び散っている。

「あの、これ、菊馬団地の近くまで行きますか?」

 息を乱しつつ自分の口から出た言葉は、それだった。

「ああジブン、運転手さんじゃないんですよね」

 ふう、とこちらを一瞥して男は言う。

「ジブンも待ってたんですけど……だめそうですね。もどってくる気配がない。行きますか」

 彼は頭をかき、慣れない手つきで操作をはじめた。乗り口のドアが閉まる。

 男のすぐ後ろの座席に腰をおろし、呼吸を落ち着けようとした。考えがまとまらない。

「これってやっぱり、バスジャックになるんですかね。もぬけの空だったけど」

 電柱に何度か車体をこすりながら、男はそんなことを言った。

「何か知ってます? 様子がおかしかった。……集団ヒステリーか、なにかの暴動とか? お祭り……には見えなかったし」

 とわらにもすがる思いで僕は訊いてみる。

「ニュースで出ていることしかわかりませんよ。どうも、なんかの病気が世界中で流行りだしたとか。パトカーのサイレンも聞こえてこないし、警察はなにしてるやら」

 ニュースになっていたとは。

「なあに、すぐに終わりますよ」

 ピアスの男はそう言い切っていた。

「たかがウィルスだ」


 しかしそうはならなかった。

 気が狂った人たちによる殺戮は止まることなく、街から人は消え、法律も秩序も消え、建物は廃墟になった。

 道路も治安も荒れ放題。だが真に荒れたのは人の心である。 

 あれから僕は山奥で暮らしたあと、町のほとんどの人が狂いそこもダメになると出て、ある武装した集団と出会った。

 彼らは「要塞を作る」と言っていた。そして僕もその建設作業に従事することになった。

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