カンゼンチョウアク!
風光明媚で名が知られているその山奥の町は古くから自然と共に生き、人々は平穏に暮らしていた。けれどいつの頃からか、領主による不当な搾取が行われるようになり、町から以前の活気は失われていった。
豊かだった自然も、領主が命じた乱伐によりいつ消えてしまうかわからない。
領主は民たちから搾り上げた富を使い、毎日のように贅沢三昧の暮らしをしているという。
「――というのが、町民たちから聞いた話となります」
「なるほど、これは……」
「はっ、貴方様の出番かと」
町の宿の中で二人の男女が声を潜め言葉を交わしていた。
男は初老と言っていい齢であるにも関わらず、背筋はシャンと伸び、鋭い眼光は生気に満ち溢れているのが一目でわかる。見るものが見れば、只者ではないとすぐに露見してしまうだろう。それほどまでの、覇気とでも呼ぶべきものを纏っていた。
そんな男の両隣には、端整な顔立ちをした青年が二人控えている。
「捨て置けない話ですな……」
「然り、これは放っておくことはできません」
女からの話に、二人の青年も重苦しい声で怒りを露わにする。
初老の男もまた、眼光を一際強くしながら、深く頷いた。
それに女と青年たちが笑みを見せ、素早く動き出す。
すぐさま、四人は領主の屋敷へと向かった。
「エチゴーヤ、お主も悪よのう」
「いえいえ、ご領主様ほどでは……」
その頃、領主は贔屓にしている商会の会長、エチゴーヤ・モウカリー・マンネンと密談を行っていた。
何たることか、普段は民たちの味方という顔をして、民たちに対して炊き出しなどを行っていた彼は、裏では悪の領主と繋がり、民たちの感情や動きをコントロールするための手伝いをしていたのだ。
悪だくみをしている二人の耳に、ドヤドヤと騒がしい声と足音が聞こえてきた。
何事かと二人が声をあげると、警備をしていた兵士の一人がけたたましい音を立てながら扉を開く。
「アーク・ダ・イーカン様! 侵入者でございます!」
「何だと、さっさとひっ捕らえよ!」
「そ、それが……たった数人だというのに、凄まじく強く、間もなくこちらへ!」
「何だと……えぇい、兵をここへ集めよ!」
「ははっ!」
慌ただしく領主が命令すると、兵士は踵を返して部屋の外へと走る。
そして次の瞬間、その場へと倒れ込んだ。
「安心しな、即殺だ」
「痛みもなく逝ったろうよ」
「ひぃっ! で、であえ、であえーぃ!」
頼みにしていたはずの兵士が目の前で一瞬にして殺され、領主は恐怖した。
それでも必死に口を動かし、他の兵士たちを呼び立てる。
ただ事ではない様子の声に、兵士たちは泡を食ったように集まって来る。
「――控えい! 控えおろーう!」
「この方をどなたと心得る!」
槍の穂先を向けてくる兵士たちを意に介さず、青年二人が声を張り上げる。
そして初老の男を示し、更に大きな声で彼が何者かを語りだした。
「こちらにおわす方こそ、世に名を轟かせる完全超悪!」
「ミート・コウ・モーン様なるぞ!」
「ま、まさか……上様!?」
領主はそれを聞き絶望した。自分たち全ての悪人の上に立つお方、完全超悪。その名を彼が知らぬはずもなかった。どのような者であれ、悪人である以上、彼の下についているも同じ。もしも彼の不興を買えば、悪人となったことを後悔することとなるのは明白だった。
それを理解するや否や、領主は床へとひれ伏す。
「ま、まさか上様だとは露知らず……! 申し訳ありません……!」
「お前……調子に乗っているな……?」
「は……?」
「この世の全てのものは俺様のものなんだよ……わかるよなぁ?」
「そ、それは勿論! 我々、下の悪人は上様のおこぼれを頂いているに過ぎません!」
「なら、これはどういうことだぁ? この町は良い景色だからよぉ、俺様がゆっくり休むために気分良く過ごせるようにしとけって伝えてあったはずだよなぁ……?」
初老の男……完全超悪がビキビキと血管を浮かびあがらせる。
今にもプツリと切れてしまいそうなそれに、己の命を重ねた領主は慌てて捲し立てた。
「それは勿論! 先代である父からも聞いております! だからこそ、あのような温い統治ではなく、出来る限り領民から富を搾り上げ、完全超悪様がこの町を訪れた際には最高級のお持て成しが出来るようにと……!」
「俺様は以前の町が気に入ってたんだよぉ! それを変えたてめぇは許さねぇ、ぶっ殺す!」
「そ、そんな……」
完全超悪が、悪人を殺すと決めた。
その瞬間、この悪人が死ぬことはこの世界に定められた運命となったのだ。
しかし、それを分かってなお、領主は諦めきれなかった。
「こ、このような男が上様のはずがない! 領民たちが苦しみ喘ぎ、それを肴に贅沢をすることこそ悪でなくて何なのだ! あのようなのほほんとした町が完全超悪様の望むものであるはずがないのだぁ!」
「てめぇ、今俺様のことをてめぇの尺度ではかりやがったな? ブチ切れたぜぇ……!」
完全超悪がブチ切れた。
悪夢である。
「スケイル! カクタス! やっちまいなぁ!」
「はっ! まずはてめぇら全員皆殺しだぁ!」
「てめぇらの代わりなんざいくらでもいるんだよぉ!」
完全超悪にとって、人間などまさに歯車に過ぎない。
壊れたもの、不都合なものがあれば取り換えるのみであった。
兵士たちはスケイルとカクタスによって、千切っては投げられ、千切っては投げられる。煌びやかなはずだった屋敷の中は、千切られた兵士たちの手足で赤黒く彩られていった。
「ぐぐぐ、このどこまでも理不尽で自分勝手な悪、やはり完全超悪様……」
「おっと、どこに逃げるのかしら?」
「ぐぁああああ、あ、足が……き、貴様はまさか……あのオーシンか!?」
「まったく、アサシンだっていうのに、こんなに名が売れてしまうなんてね」
足を斬りつけられた領主がもんどり打って倒れると、目の前には一人の女が立っていた。
完全超悪に仕えるアサシン、霞のオーシンである。
「……わ、私も、ここまでということか」
「あぁ、その通りだぜぇ」
完全超悪が領主の胸倉を掴み持ち上げる。
つまり、ミート・コウ・モーンがアーク・ダ・イーカンを片手で持ち上げている。
何故か凄い絵面であると表現せざるを得ない。そんな光景であった。
「てめぇは間違えたんだよぉ。ただ俺様の決めた通りに、俺様の機嫌を取ってりゃあ良かったのさ。てめぇで考えて、てめぇが勝手すりゃあ、俺様がむかっ腹を立てるのは当然ってことよぉ」
「そ、そんな……それでは我々悪人は、貴方の思い通りに振る舞うしかないと、そう言うのか!」
「よく出来ました。最後の最後に、正解だぜ」
完全超悪は、自分の理想から外れた悪を許さない。
今日もまた、完全超悪により一人の悪が滅ぼされ、何だかんだで町が平和になったのだった。